~悪魔執事とお嬢様~


「無理に心を落ち着かせなくても
いいのです。

ただ、私に合わせてください。」



シリウスが私の背中を擦った。

呼吸を合わせればいいだけ。
呼吸を合わせれば…



「吸って、吐いて、吸って、吐いて…」



不思議と呼吸が安定した。

先程まで息が浅すぎて余計に速く
なっていたのだが、
今ならゆっくりと深く吸える。


寒気も動悸も恐怖心もなくなった。

なぜ自分が狂ってしまいそうになるなんて
思ったのか不思議なくらい、今は正常だ。



「お嬢様、今あなたに起きたその症状は、
大神経症です。
(現代でいうと急性ストレス障害ですが、
当時は分類されていません)

まだあの時の事を
捨てきれていないのですね?」



「……私にとっては、つい、一昨日の事だ。

口では強がっても、
自分を偽ることなんてできない。」



私はお腹を手に当てた。

刺された瞬間を鮮明に思い出す。


あの日失ったものに対して
哀しんでいるのではない。

失ったとしても、それは彼らに
定められた運命だったのだろう。



「そのトラウマから逃れるのには、
相当な時間を有するでしょう。

私も誠心誠意お力になれることは
致しますが…。」



シリウスが手をさしのべてきた。
私は彼の手を取り、
ふらつきながら立ち上がる。



「結局、私は変われていない。
弱くて臆病なままだな。」



フォスター家の当主が、
これくらいで倒れてどうすると言うのだ。

トラウマなどに惑わされて。


酷く自分が情けない。
お父様なら絶対にこうはならないはずだ。


いや、そもそも今の私のように
自分を悲観することもないだろう。


あの人は、強く、聡明で自信に満ちた
人だった。

冷血なところもあったが、
それもまたお父様の長所だ。


反対に私はどうだろう。

体も心も弱く、知識などなにもない、
自信も取り繕っているだけ。



お母様によく言われた言葉を思い出した。

『あなたは優しい娘よ。』

だが、私は優しかったのではない。
中途半端に弱かったのだ。


本当に優しい人は、お母様のような
覚悟をもった人だ。

最愛の想い人が失ってもなお、
何も言わず娘を守ろうとするような…

そう、きっと、

私はどちらにもなりきれていないし、
それ以上の人間にもなれていない。


強くて冷血な一面を見せるお父様にも、
聖母マリアのように優しいお母様にも。

なぜ生まれたのが私なのだろう。

父も母も素晴らしい人間だったと
いうのに、私だけ。

今の私を言葉で表すなら、
“中途半端”だ。

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