例えば星をつかめるとして

四日目、自転車を見ても、それで叶多と一緒に空を飛んだことを思い出せなかった。最後の日、夜空を散歩したことを思い出して、芋づる式に浮かんできた。

五日目、また、声がわからなくなった。夜になっても、どうしてもわからなかった。今も、なんとなく耳ざわりが良かった事は覚えているけれど、確証がもてない。

六日目、叶多の住んでいた家が、どこにあったかわからなかった。私の家に行く手前なのはわかるけれど、どの家かさっぱりわからなくなってしまっていた。

七日目、今日。模試の帰り道、逃げ出した私を迎えに来てくれた叶多が何を言ってくれたのか、思い出せない。

どうせ消えてしまうとわかっていても、ガリガリとノートに書き付ける作業を続ける。暗記は書いて覚えるタイプなので、こうしていれば覚えていられる気がした。実際は、それでも忘れてしまうのだけど。

「……忘れたくないよ」

ぽつり、私の声は誰にも届かずに空中に消える。忘れたく、なかった。日に日に叶多に関する記憶が薄れていく。私の中から、叶多が消えていく。

誰もいない部屋で、膝を抱えて頭を埋めた。涙が出そうだったけど、泣いたら一緒に記憶まで流れてしまいそうで、耐えた。受け止めてくれる叶多がいないから、泣けない。

忘れないよう、思い出す。それでも記憶は、消えていく。助けてくれる人は、どこにもいない。

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