もう一度君に会えたなら
「桜、好きなの?」
彼が見ていたのは公園で咲き誇る桜の木だったのだ。
彼は我に返ったようにわたしを見た。
「好きというか、気になるんだよな。明確な理由はないんだけど」
「わたしもです」
彼は驚いたようにわたしを見た。
こんなことを言えば引かれるかもしれない。そんな不安がなかったといえば嘘になる。だが、自分で考えるよりも自然に言葉が飛び出してきたのだ。
「綺麗とも思うんですが、何か大事なものを忘れているようなそんな気がするんです。このあたりが苦しくなってくる」
わたしは自分の胸に手を当て、そっと唇を噛んだ。
「うまくいえないけど、俺もその気持ちがわかるよ。ただ、桜の花が咲いているのを見るとホッとするんだ。こんなこと、言ったのは君が初めてだよ」
「わたしも。今まで誰にも言えなかったから」
わたしと彼は目線を合わせると、どちらかともなく微笑んだ。
このよくわからない気持ちを共有できる人がいるなど考えてもなかった。それも川本さんとなんて。今まで遠くに感じていた彼を一気に近くに感じていた。