雨を待ちわびて

「あの、私…」

思いきった行動に出た。話せるなら少し話したい。そう思った。

「…直ぐ帰らないといけないのか?」

「あ…バス、来たのに乗らなかったら、すぐ次が無いから…」

「俺が送る」

「え?」

「石井!」

「は〜い。あ、直さん…」

「お前、どうにかして帰れ」

「え?え?」

「直、乗れ」

「え?」

「いいから、取り敢えず乗れ」

手を掴まれ押し込むように乗せられた。赤色灯をしまうと、もう、発進していた。


「ちょっとー!片霧さーん。
仕事ー!…って、…聞こえないか。…やるじゃないですか」

「おい、誘拐だな、石井。…これは事件だ。片霧が別嬪さんを誘拐した。フ。居ても立っても居られなくなったようだな。
ま、警察車両ではすぐ手配されるがな」

そんな真面目くさって言われても…。片霧さん…単なる職場放棄でしょ?
直さんを目の当たりにして、気持ち、爆発しちゃいましたかね。
でも、良かった。

「石井、心配するな。帰りは俺が連れて帰ってやるから。鑑識道具と一緒に積み込んでやる」

「…片霧さん。本分ですよ、本分」



「直、取り敢えず部屋に戻る」

「あ、…は、い」


そう言ってから一言も話さない。
ガーガー聞こえていた無線も切られた。
仕事はいいの?なんて聞いてもきっと無駄…。
この状況、見れば解るだろって言われそう。


…ここ。

「引っ越さなかったの?」

「…引っ越す必要が無くなったからな」

「…ごめんなさい」

「謝るな。信念があってそうしたんだろうが」

…。

あ、鍵。
渡されたままの鍵。

「ごめんなさい、…鍵も」

「もう要らない。鍵なんざ作り変えるだろ。契約はボツにしたから」

…違約金が発生したのでは無いだろうか。鍵だって交換するなら…。

「あの…」

「ああ、それなりに金は払った。もう済んだ事だ」

「…ごめんなさい」

「だから、謝るな。もう中、入るぞ」

…。

「部屋に入るぞ」

車から降りると助手席側に回りドアを開けられた。手を引かれて部屋に上がって行く。


「座れ、と言っても何も無いか」

また最初の部屋に戻っていた。私が買ったソファーは無くなっていた。処分したんだ。
あれば目障りになる…そんなものよね。

「こっちに座るか」

…ベッド。
これは新しくしたセミダブルのベッド…。


「直…、元気そうだな」

…、あ。こんな風に切なげな顔で言う人なの?

「…片霧さんも元気そうで」

…精悍さが増している。

「でも、痩せてる…」

「俺は元々ヤバい顔付きなんだ」

自然に頬に手を伸ばして、触れそうになった。
瞬時に顔を背けられた。
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