笹に願いを
彼とは、入籍する前からすでに一緒に暮らしていた。
だから入籍しても、表面上は何の変化もない。
住みかも今までと同じ、元々彼が住んでいた、海に近いとあるマンションの小さな1DKだし、私の持ち物も、すでに全部運び込んでいたから、何かが増えたわけでもなく、物質面でも特に大きな変化はない。

変わったのは私の名字。
「笹川織江」から、「天野織江」と公的に変わったことで、通帳などの名義を変更した。
そして夫となった彼のことを、「天野くん」から「義彦」と、名前で呼ぶようになった。
彼を好きだった頃も、仕事上のパートナー止まりだった頃も、彼と同棲し始めても、私は彼のことを「天野くん」と呼んでいた。
彼のことを想う時も。丸4年以上ずっと。
だからなのか、「義彦」よりも、つい「天野くん」と呼んでしまうことが、時々ある。
そういうとき、彼は決まって「天野夫人」と言い返してくる。
時には「天野夫人」と彼に言われて、「あ、また私、“天野くん”って言っちゃったんだ!」と気づかされることもあるくらいだ。
それくらい、彼のことを「義彦」と名前で呼ぶのは慣れてないんだけど・・・まだ数ヶ月のことだし、時間の経過とともに、それも慣れてくるだろう。

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