憚りながら天使Lovers
初陣

 真夏にも関わらず相変わらず、キリリとした和服姿で千尋は二人を出迎えた。橘邸の大きさに招かれた恵留奈も心底驚いている。
「はじめまして、早乙女恵留奈です!」
 力強いハスキーボイスで自己紹介する恵留奈の姿を見て、千尋は呆然としている。
「千尋さん?」
「し、失礼しました。私、橘家当主橘千尋と申します」
 玲奈に促され千尋も丁寧に挨拶する。
「うわぁ~玲奈の言ってた通り、千尋さんむっちゃ綺麗だね!」
 少年がカブトムシを発見して興奮しているかのような表情で、恵留奈はストレートに千尋を褒め、千尋はいきなり言われ照れて顔を真っ赤にしている。
(あれ、これってもしかして……)
 赤くなる千尋を見て玲奈は嫌な予感を覚える。照れを隠すかのように冷静に紅茶を注いでいるが、恵留奈を意識しているのは明白だ。
(恵留奈、またやってしまったな)
 挨拶だけで落とせる女、というのが玲奈の中での恵留奈のキャッチコピーになっている。もちろん女性限定で。
「千尋さんて歳いくつなの? 大人の色気満点だけど」
 千尋の想いに気付けるわけもなく、恵留奈は普通に会話する。彼氏が出来ない理由も、実は恋愛フラグを自身でことごとく折っているだけなのかもと推察する。
「あっ、十八です……」
「えっー!」
 恵留奈のみならず玲奈も声をあげる。その声にびっくりしたのか、廊下にいた女中も心配して部屋の様子を伺いに来る。
「有り得ん。アタシたちより大人で美人で十八かよ。ホントに有り得ん……」
「うん、勝手に私たち扱いにされたけど、こればっかは恵留奈に同意」
「そんなに褒められましても、困ります……」
 玲奈と話したときとは別人のように、全く余裕もなく少女のように照れまくっている。
「あっ、玲奈から聞いたんだけどさ、千尋さん、千尋ちゃん? どっちでもいいか。明君のこと好きなんだろ? そこんところ、お姉さんに教えてみ」
(恵留奈ってデリカシーないんだよね~、脳内はわりとオッサンだし)
玲奈は呆れた顔で笑顔の恵留奈を見ていた――――


――二時間後、千尋が玲奈と同級生だったという最初の衝撃以降は、わりと大人しく会話が進み千尋も落ち着いて話している。
(冷静に考えると千尋ちゃんってデビルバスターでルタとも交流あるってことは、恵留奈が天使ってことも分かってるのよね)
 楽しそうに会話する二人を見て穏やかな気持ちになる。
(っていうか、光集束の修行でここに来たのに、完全にお茶飲み仲間になってるよねコレ。まっ、仲良くなれたんだし、光集束はおいおいでいいか)
 紅茶に口をつけて広い中庭を眺めていると、空から羽の生えた人が降りてくる。
(えっ、ルタ? 違う?)
 紅茶を噴き出しそうになるのを我慢して見ていると、三人の天使がこちらに向かって歩いている。急いで千尋を見ると、千尋も同じように天使達を見ていた。一方、恵留奈はテーブルにうつぶせになって寝ている。
(この即効性睡眠はエレーナの仕業ね)
 三人の天使のうち一人だけが千尋の前に来てひざまずく。
「千尋様、本日もご尽力の程、宜しくお願いします」
「承知致しました」
 千尋はそう言うと桐の衣装棚から日本刀を一振り取り出す。
「千尋ちゃん?」
「ごめんなさい、玲奈さん。お仕事の依頼が来てしまいましたわ。ちょっと行ってきますね」
「討魔ですよね?」
「はい」
「私も連れて行ってもらっていいですか?」
「失礼ながら、玲奈さんにはまだ早いです。私のところに依頼が来るということは、パワーズレベルでは手に負えない相手ということです。こう言えば分かりますよね?」
(ルタのような天使が三人掛かりでも厳しい相手。私の想像を超える相手なんだ……)
「ごめんなさい。ここで待ってます」
「はい、すぐに帰ってきますので、安心してお待ち下さい」
 腰に帯刀し、千尋は天使の背中につかまる。
「十分、気をつけて」
 玲奈の気遣いに笑顔を見せて千尋は空に消えて行った――――


――三十分後、再び一人の天使が千尋の部屋にやってくる。その顔は良く知る人物だ。
「あら? ルタじゃないの。千尋ちゃんなら討魔に行ったよ」
 玲奈は紅茶を飲みながら悠然と答える。しかし、ルタの次の一言でショックのあまりティーカップを落としてしまう。
「千尋がやられた」
「ど、どういうこと?」
「ベルフェゴールだ。七つの大罪に比肩する悪魔の一柱。パワーズはもとより、座天使レベルでも厳しいかもしれない」
(次元が高過ぎて強さが分からない……)
「どうするの? 千尋ちゃんは助かるの?」
 ルタは苦渋に満ちた表情で一言つぶやく。
「分からない……」
(そんな、千尋ちゃんが。仲良くなったばかりなのに……)
「私が行きましょう」
 声がする恵留奈の方を見ると、光を纏った天使がそこにいる。正面から見るのは初めてだが、声や凛々しい顔つきでエレーナと理解する。
「エレーナ!」
「座天使でも危ない? でも、こちらには最強の心流使い、玲奈さんがいる。私と玲奈さんが力を合わせれば、ルシフェルだって目じゃないわ。そうでしょ?玲奈さん」
(そうだ、私に力がなくても、私が心流を注ぐことで天使を強くできるんだ!)
「もちろんよ、エレーナ」
「決まりね。玲奈さんは私の背中に、ルタはベルフェゴールのところへ案内しなさい」
 恵留奈のときとは違い、透き通るような声と威圧的な雰囲気に頼もしさを覚える。背中からおんぶされるような形でエレーナにつかまると、何の掛け声もなく勢いよく空を飛ぶ。
(怖い! 早い! でも、私、今、空飛んでる! 凄い!)
 緊張感と爽快感が合わさる不思議な感覚の中、夕闇を裂くように光線が一本走っていた。

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