龍の神に愛されて~龍神様が溺愛するのは、清き乙女~
「互いに干渉はなしという事か」

「そういう事だ」


見上げて言う皐月に、緋月は小さく頷く。

この緋月という男、表情が少しも動かない為に何を考えているのかわからない。

それが少しだけ、気味が悪い。


「……ついて来い」


訝しい表情の皐月に背中を向け、緋月はついて来るように促す。


(信用していいのか……?)


皐月は、自分にそう問いかける。

いきなり現れてのこのこついて行って、大丈夫な気がしない。


「そんなに威嚇するな。
安心しろ、別の道を教えるだけだ」


疑われているのがわかったのだろう、緋月は肩越しに振り返りながら、皐月にそう言う。

そう本人に言われたら、ますます怪しいが。

でも、こんな所でウロウロしているわけにもいかないし。

葵との約束の、子の刻はもう目の前まで迫っている。


「……信用するからな」

「信じる信じないは、お前の自由だろう」


緋月はぶっきらぼうにそう言い放ち、裏門とは違う方角に歩き出す。

皐月は、緋月の後ろを慌てて追いかけた。


「天照大御神の社の庭に、水鏡の池があるんだが……」


緋月は社の庭を大回りしながら、そう独り言のように呟いた。

多分、緋月自身は何気なく呟いたのだろうが、聞いていた皐月は少しだけ眉間にしわを寄せる。

一体何故、それを知っているのか。

普通の神ならば庭には滅多に入らないから、どこに何があるのかわからないはず。

それなのに、この緋月は池の場所どころか、名前まで知っている。

何故知っているのかと、喉元まで出かかった言葉を皐月は苦しげに飲み込んだ。

お互いに深く干渉しない。

それが、約束だったから。

いまだに疑惑の眼差しを向ける皐月の前を歩いている緋月は、社とその周りに生えている木々の間を通る。

それから十歩ほど進んだ場所に、小さな池が見えてきた。


「もしかして、あれがお前の言う水鏡の池か?」

「あぁ、そうだ」


指差して聞いてくる皐月に、緋月は短く返事をする。

皐月はその答えに息を飲み、思わず周囲を観察でもするように、ぐるりと一周見回した。

今いる場所は社の裏庭。

他の神の気配はなく、しんと静まり返っているようだ。


「そら、行くなら今だぞ」


緋月はそう言いながら池に歩み寄り、一歩手前で膝を折る。

水面を覗き込み、ゆったりと波打つそこを、ぴちゃりと指先で弾いた。


「そら、水の神。
少しだけでいい、このお客を通してくれないか」


静かに問いかけると、そこから波紋がゆっくりと広がり、淡い光を放ち始めた。

その輝きが返事でもあったのか、緋月は一つ頷くと、肩越しに皐月を振り返った。


「道を開いてくれるらしい。
濡れる心配はないから、池に入れ」


信じられない思いで池を凝視する皐月に、緋月が促す。

濡れないのは皐月からすればありがたいが……。

凪いでいた水の神を強制的に叩き起こして、なおかつ道を開かせるなんて。

こいつ、本当に何者なんだ。
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