龍の神に愛されて~龍神様が溺愛するのは、清き乙女~
「会えなくて、残念ですか?」


柔らかな笑みを浮かべ、絢嶺が言う。

その声に葵は顔を上げ、真っ赤に染めた。

「いや……あの、えっと……」

「ふふ……」


あぁ、笑われている。

見事に心情を言い当てられ、恥ずかしい気持ちでいっぱいだ。


「落ち着いて下さい、葵」

「はい、すみません……」


葵は顔を赤く染めたまま、俯く。

そんな葵の隣に絢嶺は座った。

そして、壁に背中を預けて小さな窓から空を見上げる。

その横顔を、葵はじっと見つめた。


「どうしたしました?」


見つめられていたのに気がついた絢嶺は、葵に顔を向けて微笑んだ。


「あ、いいえ、何でもないです!」


葵は慌てて首を振り、顔を逸らす。

月を眺めるその横顔、そっくりだったから見てました、なんて。

恥ずかしくて、とても言えない。


「葵。
貴女は……兄をどう思ってますか?」

「え……?」


静かに告げた絢嶺。

葵はその言葉に、顔を上げた。


「聞かせて下さい、貴女の本当の気持ちを私に」

「……私は……」


言っていいのだろうか。

絢嶺は皐月の弟。

しかし、神でもある。

巫女である葵の皐月に対する想いは、世間では禁忌。

たとえ弟といえど、無事にすむ保証はどこにもない。


「安心して下さい。
私は、完全に兄の味方。
兄に不利な事はしませんよ」


絢嶺の、芯のある力強い声。

大丈夫。

直感でそう感じた。


「…私は、皐月様のことを愛してます。
この想いは許されない…。
でも、譲れません」


誰が何と言おうとも、この想いは譲れない。

初めて感じたこの想い。

葵にとっては、大事な宝に等しきものだ。


「だから……。
私は、皐月様にどんな事があってもついていきます」


今までの葵なら、こんな言葉は言えなかった。

皐月と出会って、たったの数日。

本当に短い時間だ。

けれど、その時間は無駄ではなかった。

皐月に会うたび、言葉を交わすたびに葵を変えた。

ただ死を待つだけの弱かった葵。

その葵を、強くしてくれたから。


「……どうやら、貴方は本当に巫女の行く末を変えているようですね、兄上……」

「絢嶺様……?」


ぼそりと呟いた絢嶺の声は、葵には届かなかった。

そのため、葵は首を傾げる。

きょとんとしている葵に、絢嶺は柔らかな笑みを見せる。

そして、手を伸ばす。

伸ばされた手の意味がわからず、葵は絢嶺を見た。


「絢嶺様?」

「逃げますよ、ここから。
そして、貴女を兄上の元へ……」





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