龍の神に愛されて~龍神様が溺愛するのは、清き乙女~
「いや、あのな……。
お前が羽織りを被ったまま、もぞもぞと動くものだから……」


なおも笑いながら、皐月が言う。

しかし、葵には笑いのつぼが全然わからない。

一体、どこが面白いのか。

訝る葵を見て、皐月はさらに説明をしようと思っているらしく。

笑みに歪んだ口を、ようよう開いた。


「動きが虫に近かったのだ。
……そうだな……言い表すなら芋虫か」


せっかく、伝えてもらって悪いのだが。

言い表さなくていい。

芋虫と表現した皐月に、葵は心の中でそう呟いた。

本来なら口に出して言いたい。

けれど、相手は繧霞の息子だ。

無礼な事は出来ない。

葵は見るからに拗ねた顔をしていたのだろう。

皐月はばつが悪そうな表情で、葵の顔をそっと覗いた。


「女を芋虫で表現するのはよくなかったな。
私が悪かった、すまない」


やはり皐月は巫女である葵に律儀に謝ってくれる。

当たり前のように、自然な言葉で。

本来なら、言わなくていいのだ。

この社の主の息子だから。

繧霞と同じ神だから。

許されるのだ、何もかも。

巫女にどんなに傲慢な言動を示そうとも、全て許される。

そんな当たり前の傲慢さを持つ繧霞の息子なのに、謝ってくれるのか。

神の道具に等しい、巫女なんかに。

こんな時、どうしたらいいのだろう。

優しい皐月のことだから、きっと。

どんな言葉で、態度で示しても受け止めてくれる。

そうとわかっているのに、口も体も動かない。

あぁ、本当に。

本当に、どうすればいいのだろうか。

しかし、ずっと硬直したままの葵を見ていた皐月は、何となく考えている事がわかっているようで。


「葵……」


優しく名前を呼びながら、やんわりと口元に笑みを浮かべた。


「……なぁ、葵……」

「はい?」

再び呼ばれて、葵は反射的に返事をしていた。

何だろう。

そんな風に考えている間もなく。

笑みを浮かべた皐月の優しい顔が、ふいに葵に近づいた。

鼻と鼻がぶつかるほど、近い距離。

皐月の息が葵の顔を掠めながら、夜の空気に溶けて消えていく。

満月にも似た澄んで美しい瞳に見つめられ、葵は思わず一歩後ろへ身を引いた。

けれども、それを皐月が許すはずもなくて。


「私から逃げるな、葵」


大丈夫だから。

皐月は葵を、そう引き止めた。


「あ、あの……皐月様?」

「あんな傲慢な父の巫女には惜しいな……」

視線を逸らせずにいる葵に皐月が目を細めて、独りごとのように呟いた。


(─────え?)


その言葉の意味がわからなくて、葵の思考は停止する。

惜しい、とはどういう意味だろう。


「葵」


目を大きく開いて皐月を見ている葵を呼びながら、そっと手を握った。
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