龍の神に愛されて~龍神様が溺愛するのは、清き乙女~
「色艶の話などひとつもない兄上が、女性ですか……?」


そんな、まさか。

嘘だろう。

絢嶺の声から察するに、純粋な驚きと疑いを向けられているのだろう。

それを素早く悟った皐月は、絢嶺に目を眇てみせた。


「……お前は自分の兄を何だと思ってる?」

「そういった事に全く興味のない、心が鉄の男」


絢嶺は至極あっさりと言って返した。

けれども、聞いていた皐月からしてみれば。

かなり心外なことこの上ない。

まあ、確かに。

全面否定は、出来ないのだが。

一応理由は、なくもない。

まず、今までに目を奪われるほどの女には出会った事がない。

文もいくつか届くが、それも皐月にとっては読むのが面倒なだけ。

だから、なのか。

一番の出会いが文であるのに、読まない皐月には必然的に出会いはやってこないのだ。


「兄上は顔は綺麗なのに、中身が残念ですよね」

「それは一体どういう意味だ、絢嶺」


絢嶺はやれやれといった風情で頭を抱える。

顔は悪くないのに、性格に問題がありすぎる。

これでもう少しまめな性格ならば、きっと苦労はしなかっただろうに。


「おい、絢嶺」


大きなため息をつく絢嶺を、皐月はじろりと恨めしそうに睨みつけた。

しかし、絢嶺も皐月には負けていない。

睨む皐月に、にっこりと笑ってみせた。


「そのままの意味ですよ。
兄上は自分が興味を持てたものしか目を向けませんからね」


それはそうだろう。

皐月も神とはいえ、好みというものが存在するのだから。

皮肉の混じる絢嶺の言葉に、皐月は目を眇た。


「心ある者なら当然の性だろう」

「いいえ、兄上。
兄上は極端すぎるんですよ」


絢嶺はため息混じりの言葉を吐く。

もっと兄としての自覚を持って欲しい。

だが、それは皐月には無理な話だ。

自由気儘。

その言葉をそのまま擬人化したような存在なのだから。

絢嶺は二回目のため息を吐く。

そんな時、皐月が静かに口を開いた。


「絢嶺、明日の夜も行ってくる」


明日とは。

聞こえた皐月のその言葉に、絢嶺は思わず首を傾げた。

珍しいこともあるものだ。

女にも、恋愛にも今まで少しすら興味を示さずにいて。

年齢と恋愛経験歴が同年だと言っても過言ではない皐月が。

また、会いに行きたいと言っているなんて。

夢でも見ているのだろうか。


「そんなにもお気に召された方ですか?」


絢嶺のその問いに、皐月の動きが止まる。

そして、皐月はしばらく自分の膝をじっと見つめていた。

どうしてなのか、自分でもわからない。

特別に秀でた女であったわけではなく。

巫女という事以外に目立つものがない、普通の娘だった。

それなのに。

どこか儚げで、すっと霧のように光に溶けて消えてしまいそうで。

離れてしまうのが惜しい、心配だと思ったのだ。

皐月はやがて目を閉じて、代わりにゆっくりと口を開いた。


「あぁ」


皐月は短く答える。

その顔には、僅かな笑みが浮かんでいた。


「そうですか」


そんな皐月を見て、絢嶺は柔らかな表情を見せる。

絢嶺はあえて、多くは語らなかった。

父はきっと、皐月に外出はするなと言われているはずで。

それを破ればまた、互いにやりたくもない喧嘩をすることになる。

それでも、行くと言う。

どうやら、皐月はそれほどに惹かれた女性を見つけたようだ。


「頑張って下さいね、兄上」

「あぁ」


絢嶺の声に、皐月は瞳を閉じた。

社の空かずの間にいるだろう、葵を思い浮かべながら───。



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