愛しい人
「じゃあ、少しだけですよ」

「うん、少しだけ」

 いいながら純正は花名の首筋に唇を押し付ける。

「ひやっ、やめてください。くすぐったい」

「敏感だね、かわいい」

 くすくすと笑いながら今度は耳元に息を吹きかけてくる。

「やっ」

 純正のいたずらに見事に反応してしまう、そんな自分が恥ずかしくてたまらない。

「……もう、本当にやめてください!」

 花名が口調を強めると、純正はしぶしぶ手を放す。

「ごめんごめん、もう邪魔しない。だから何か手伝わせて。皿を出したりとか、あるだろ」

 その気持ちはありがたい。しかし、甘えるわけにはいかない。

「結構です。純正さんはテレビでも見ていてください」

 リビングを指さすが、純正はキッチンから動こうとしない。

「でもさ、花名にだけさせられないよ」

「なに言ってるんですか。これは私の仕事ですよ」

「そうだけど、俺たち付きあってるんだよな」

「ですけど、これは母の治療費に代わりとしてさせてもらっているので、私にやらせてください」

 これは自分への戒めでもあった。純正の彼女として大いに甘えることは容易だろう。しかし、それだけはしたくなかった。

「そうか。そういうなら任せるよ。でも、あまり無理はしないこと。これだけは約束して?」

「はい、わかりました」

 花名が大きくうなずくと、純正は「仕事してくる」と言ってリビングのソファーでノートパソコンを開いた。

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