愛しい人
「四時に上がりたい?」

「はい。もちろん午後の状況によっては日を改めようと思ってます」

「いいよ。お母さんの所に行くんでしょう? もし店が忙しくても帰ってもらって構わないよ」

「いいえ、その時は残ります」

 花名は首を横に振った。臨時で来た樹に店を任せて早退することですら気が引けるのに、客が入っている状態で帰るわけにはいかない。

「大丈夫、接客くらいひとりでできるよ」

 確かにそうかも知れない。樹の手際のよさなら、花名とバイトの二人よりも早く店が回りそうだ。だからといって、「お願いします」と甘えることも出来ない。

けれど、できるだけ早くに母親の病院へ向かいたい気持ちはあった。困り果てる花名に樹は言った。

「あのさ、小石川さん。仕事の代わりはたくさんいても、娘は君だけだろ? それなら君がどちらを選べばいいかなんて決まり切ってると思うよ」

「……そうですね」

「僕はね、佐倉園芸が社員にやさしい職場でありたいと思ってるんだ」

 花名は樹の言葉に目頭が熱くなるのを感じた。そして、自分の上司が樹でよかったと心底思った。

「私、佐倉園芸で働けてよかったです」

「僕もいいスタッフに恵まれてうれしいよ」

 その日の午前中、花名は樹の仕事ぶりに目を奪われてばかりだった。

< 22 / 221 >

この作品をシェア

pagetop