こちふかば
第2話 国を追われて


 数日後、川辺に流れ着いた男は王の館で目を覚ました。この数日間、少女は毎日男の身体に手をかざして治癒の術を施していた。

 その甲斐あってか男は目を覚ますと、すぐに身体を起こした。ただ、傷は癒えていても体力は削られたままのようだ。めまいを起こして額に手を当てながら項垂れた。

 少女は男の目の前に湿らせた手ぬぐいを差し出す。男は礼を言って受け取り、それで顔を拭った。そして辺りを見回し、ここはどこかと尋ねた。
 傷を負って知らぬ間に川を流されて来たようだ。少女はここがどこかと、これまでの経緯を説明した。男は改めて礼を述べた。

「あなたは地上から来たのですか? 地上ではまた戦が始まったのでしょうか」

 男は少女から視線を逸らし、苦渋に満ちた表情で絞り出すように言う。

「戦ではない」

 悔しそうに俯いて歯がみする男の身体から、黒い感情が靄(もや)のようにじわじわとしみ出してくる。

「俺は謀反(むほん)に遭ったのだ」
「謀反……」

 怒り、憎しみ、恨み、悔しさ、滲み出す黒い感情の靄を少女はかつて見たことがある。自分の父が謀(はかりごと)によりこの地に流されてきた時、同じ感情を目にした。

 天上の神々は地上の神々が力を蓄えるのを良しとしない。少女の父はかつて地上に栄えた国を治めていた。
 力を蓄えて天上の神々に仇なすつもりだと密告され、天上から国を奪われこの地に配流(はいる)となった。

 今、少女の父が治めていた国は天上から派遣された神が治めている。当時は真っ黒な感情に支配されて、大地を揺るがすほどに荒れた少女の父も、今はこの国を束ねて治めることで気を静めている。

 ハッとしたように顔を上げた男は、取り繕うかのように少女に笑顔を向けた。それと同時に男から滲み出していた黒い靄が四散した。

「まだ名乗っていなかったな。俺の名はアキクニツカサノカミ。今は神とは名ばかりだが」

 自嘲の笑みを浮かべる男に少女も笑顔で名乗った。

「わたくしはスサカガミヒメ。わたくしも姫とは名ばかりですが」


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