どうしてほしいの、この僕に
 高木さんは、この事故が優輝への脅迫と関係があるかもしれない、と疑っているのだろう。
 でも私がコードに足を引っかけなければ、照明機材が倒れてくることはなかったと思う。誰かが意図的に機材を倒したのなら、事前に大道具置き場に潜み、タイミングをはかっていたことになるけど、人の気配は感じなかったし、それ以前に優輝自身があの場所に足を向ける可能性がかなり低い。
 優輝を狙うならもっと効率的な場所と方法があるはず——。
「特にこれといったことは何も……」
「そっか」
 高木さんは私の返答に落胆したのか肩を落とした。
「すみません。転ぶと思った瞬間、頭が真っ白になって、よく覚えていないんです」
「いや、俺の思い過ごしだったな」
 いつもどおりの爽やかな笑顔を浮かべる高木さんを見ながら、私は転ぶ瞬間のことを脳内で再生する。よく覚えていないというのは本当だけど、何かが頭の隅で引っかかっていた。
 ——前にも同じようなことがあった。
 だけどあれは夢の中のできごとだったかもしれない。そんなふうにも思えるあやふやな記憶で、思い出そうとすればするほど肝心な部分がぼやけていく。今となっては現実に起きたできごとかどうかを確かめる術などないのだ。
 それでも私は、妙な確信を持っていた。
 高校時代、信号待ちをしていたら、背後から突然バックしてきた車にぶつかって転んだ。
 そのとき助け起こしてくれた違う高校の男子生徒。眼鏡をかけていたけど、やけに整った顔立ちで、モデルみたいにスタイルがよくて、話す声が耳に心地よくて。
 たぶん、間違いない。あれは優輝だった——。
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