どうしてほしいの、この僕に
「ああ、隣に住んでいた同い年の女の子です。高校まで一緒だったから、てっきり結婚するのだと思っていました」
 ——け、結婚!!
 そんな親しい女子が身近にいたんですね。
 じゃあ、沙知絵ちゃんが初恋の人なんだ。
 バカだな、私。一瞬でも自分のことかと思っちゃった。
 まぎらわしいよ。こんなポスター、貼ったままにしておくから、勘違いしちゃうでしょう!?
 ほんっと、何考えてるんだ、あの男は!!
 内心憤慨しながら優輝の父親を上目遣いで見た。すると少し興奮気味の声が返ってくる。
「だから本当に驚いたんですよ。優輝があなたのポスターをほしいと言い出したときは」
「私なんかですみません」
「いやいや、私はあなたにとても感謝しています。あなたのおかげでアイツの世界が広がったのだから」
「そうでしょうか」
 私は首を傾げた。とてもそうは思えない。
 すると急に向かい側で笑い声が起こる。
「未莉さんは実物のほうが断然いいね」
 そう言ってハハハとますます豪快に笑う。バカにされているわけではないらしいが、納得のいかない気持ちでその様子を眺めた。
「そうか」
 そろそろお暇しようと踵を返したそのとき、何かを納得したような声が背後から聞こえてきた。
 首だけ振り返ると、優輝の父親はポスターが貼られている壁を見ていた。
「あなたがここに来るのをずっと待っていたのかもしれませんね」
「え……」
「いやいや、なんでもありません。あなたが来てくれてよかった。優輝も喜びます」
 いいえ、それはない。賭けてもいい。あの人は100パーセント怒るね。
 そして「何勝手なことしてんだよ。こんなことしてどうなるか、わかっているんだろうな」とか言うんだ。もちろん、どうなるかなんて私の知ったことではない。
 あれ、でも、姉に言われるがままやって来てしまったけど、ど、ど、どうしよう。よく考えたらまずくない?
 だって『過去は捨てた』と豪語している人だもの。もし無断で実家に押しかけたなんて知られた日には、どんな目に遭うか……怖くて想像できません。
 背筋に悪寒が走る。今さら慌てても遅すぎるのだが、私は追い立てられるようにして優輝の実家を辞した。

「お客様」
 旧森岡書店を後にして10歩ほど進んだところで、不意に女性に呼び止められた。
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