どうしてほしいの、この僕に
「なるほど。たとえるなら紗莉がヒョウで、未莉さんはペルシャネコというところかな」
 そう感想を述べた西永さんは私に感じのいい笑顔を見せた。どういう意味で言ったのか全然理解できないけれども、ふとこの人があの招待状の送り主ではないかと思った。でも決め手はひとつもない。
 視線を正面に戻すと、いかにもつまらなさそうな態度で頬杖をついた守岡優輝が私を眺めていた。
「では、実技試験に移ります。台本、といっても皆さんのセリフは2つだけですが、これを5分の準備時間で覚えていただき、実際のドラマの相手役となる守岡くんと芝居をしてもらいます。ドラマでは守岡くんとヒロイン役は、兄と妹のような関係から恋愛関係へと発展していく間柄なので、その辺も考慮してください」
 西永さんの合図でスタッフが台本を配り始めた。さっそく手渡された紙に目を通す。
 ペラペラのコピー用紙に記されていたヒロイン役のセリフは「えっ、これを私に?」「ありがとう」の2つ。守岡優輝も「ほら、これ」「お前以外に誰がいるんだよ」だけだ。セリフはまったく同じでなくてもよくて、設定を自分なりに作り込んでもいいらしい。
 つまり、守岡優輝からプレゼントをもらい、それに礼を言う寸劇で私たちの演技力が試されるというわけだ。
 どうしよう、とあれこれ考えながら最終行を見た。途端に私の全身が硬直する。
『最後のセリフはかならず笑顔で』
 脳が一瞬麻痺したみたいになって、なにも考えられなくなった。それから、それもそうだな、とぼんやり思う。プレゼントをもらってうれしい顔をしない女子なんてドラマのヒロインには向いていない。好意を持つ男性からのプレゼントなら、とろけるような笑顔になるのは間違いないもの。
 緊張でドキドキしていた胸がズキズキと痛み始めた。まずい。そりゃ私も覚悟はしてきた。演技をするのだから、喜怒哀楽の表現は絶対に求められるだろう、と。だけど、いざ、やれと言われると自信がない。自信がないというよりも、急速に身体中の血の気が引き、今にも卒倒してしまいそうだった。
 とりあえず異常なほど痛む心臓のあたりを手で押さえた。不安なとき、胸に手を当てると少しは気が楽になるから。でも今日はほとんど効き目がないみたい。泣きたいような気分で視線を正面に向けると、守岡優輝と目が合った。
 心臓がドクンと脈打つ。
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