どうしてほしいの、この僕に
 しかし友広くんはすぐ私に追いつき、断りもなく並んで歩き始めた。嬉しくないけど同じ目的地に向かっているのだから振り切ることもできない。
 どうして彼は私に付きまとうのだろう。
 苛立ちをあらわにして彼を思い切り睨みつけた。すると友広くんは肩をすくめてみせた。
「怒らないでくださいよ。怒った未莉さんもかわいいけど、そんな目で見られるのは嫌だな」
「私にかまわないでほしいの」
「どうして? 僕、何か迷惑なことをしましたか?」
「こっちが聞きたいわ。どうして私にかまうの?」
 友広くんは怯むことなく正面から私の視線を受け止め、微笑んだ。
「未莉さんがかわいいから」
「そんなわけないでしょう。からかうなら他の女性にして」
「嫌です」
 やけにきっぱりと友広くんは言った。
「僕は未莉さんがほしい」
「朝から冗談はやめて。いきなり何を言い出すのよ」
 軽くあしらう調子で答えたのがいけなかったのだろうか。突然友広くんに腕をつかまれた。
「冗談でこんなことを言うわけないでしょう。ちゃんと僕を見てください」
 私は慌てて辺りを見回し、彼の手を振り払う。同じ会社の人たちが見ている前で誤解される行為は絶対に避けなければ。
「私、友広くんとは……無理だから」
「それ、どういうこと?」
 友広くんの声が低くなる。今まで聞いたことのない響きだったから、背筋がぞくっと粟立った。
 このままでは埒が明かない。私は雑誌の入った袋を胸の前でぎゅっと抱きしめた。
「好きな人がいるの。だから迷惑です」
 突然、私が見てもはっきりとわかるくらいに友広くんの顔が蒼ざめた。口を半開きにしたまま、茫然と突っ立っている。まるで電車内の吊り広告を見たさっきの私みたいに。
「ごめんなさい」
 そう言い残して私は彼から離れた。
 いつか友広くんには釘を刺さねばならない、と感じていた。だけどこれが一番いい方法だったのか、私にはよくわからない。これしかないと思って口にした言葉が、彼に予想以上のダメージを与えたことで、私自身も相当の衝撃を受けていた。
 もしかしたら言ってはいけないことを言ってしまったのかも。愕然とした友広くんの顔を見て、とっさにそう思ったのだ。
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