どうしてほしいの、この僕に
 仕方ない。私は逃げ出したい気持ちをねじ伏せ、ここでパレードが通り過ぎるのをじっと待つことにした。この興奮状態だもの、優輝が私に気がつかない可能性のほうが高い。そう思うと、私もこのお祭り騒ぎを少しは楽しめるような気がした。
 予想より早く歓声が近づいてきて、先導する黒ずくめの屈強なボディガードに驚いた直後、涼しげな笑みを浮かべた優輝の姿が目に入る。彼の後ろにはマネージャーの高木さんがいた。
 優輝は片手をズボンのポケットに突っ込んで、反対側の手はただぶらりと垂らしたまま手を振るわけでもなく、笑顔だけを振りまいて普通のスピードで歩いていた。
「さぁさぁ、こちらへどうぞ」
 私たちの隣にいた上層部のスーツ陣が背後のドアを開けると、ドアの向こう側には受付嬢たちがずらりと並んでいた。揃いの白いスーツに真っ赤な口紅をつけていて、全員が同じ表情で微笑んでいる。美人ばかりだけど、それが5人も並ぶとかなりの迫力だ。
「柴田さん、私たちも行きましょう」
 谷本さんがまた私の腕をつかみ、勢いよく引っ張った。ぽかんと口を開けていた私は、不意を突かれてよろける。
「え、だめですよ!」
 私の制止など谷本さんの耳には届かなかったらしく、ドアが閉まる瞬間、ガシッと扉をつかみ、バーンと思い切りよく開け放った。
「守岡さん! サインください!」
 谷本さんの大声に、優輝が一瞬足を止めて振り返った。
 彼の視線がまっすぐに私をとらえる。驚いて心臓が跳ねた。
 警備員が谷本さんの肩をつかむのを、意外にも優輝の声がさえぎった。
「いいですよ。あなたの部署を教えてもらえますか」
「えっ、いいんですか!? あの、製品管理部です。製品管理部の谷本です!」
「わかりました、製品管理部の谷本さん」
 優輝は楽しそうに笑いながら答えた。そして私を見る。
「谷本さんの隣の方、こちらに来てもらえませんか」
「え、ちょっ……なんで、私?」
「彼女がどうかしましたか?」
 上層部のスーツのおじさまたちも驚いてざわついた。ついでに廊下に並んだ受付嬢たちの冷たい視線が私に突き刺さる。
 それでも優輝は私を見つめたまま、さらりと言った。
「彼女に社内を案内してもらいたいな」
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