この想いが届くまで
「辞めたんだな、会社。なぜ?」
「なぜって……さっき面接で話しましたけど……」
「諦めたんだ? 結局」
「……」
 未央は少しの沈黙を置いて再び口を開く。西崎が何を聞こうとしているかはすぐにわかった。
「もういいんです、もう……」
「なぜ?」
「なぜって……」
 未央はふとよぎったある記憶に唇をぎゅっとかんだ。遠藤と理沙のことを思い出し、口に出して話すのは久しぶりのことだった。
「どこまで話してたかあまり覚えていないんですけど。彼が彼女を好きで選んだなら仕方ないってそう思ってました。……でも、違ったんです。ほんとは、彼女の方から、彼に好きだと告白していた。それ聞いちゃったらなんか、ひどいこと言われた怒りとかいろんな感情がこみ上げてきて……なんかもう、なにもかもが嫌になって」
「だったら。悔しい思いをしたならなぜ逃げた?」
「それは……でも結局は彼が彼女を選んで、二人が思いあっていることには変わりがないし」
「その程度の気持ちだったんだ。簡単に諦められるくらいの」
「あなたに何が分かるんですか。私が、どれだけの間……」
 声に力がこもる。悔しくて、睨み付けてやりたかったけどできなくて、控えめに隣に目を向けた。グラスを握る西崎の手に力が込められるのが分かった。
「奪い返せよ。君はそれができるのだから」
「そんな……簡単に言わないでくださいよ」
 西崎の言葉に妙なひっかかりを覚え、彼を見る。残りわずかになっていた酒を飲み干すと未央に目を向けた。目が合うと射貫かれて体がしばりつけらるような感覚に陥った。西崎は視線を逸らすと緊張感を払しょくするようにふっと笑った。
「しかし、君の友達……女性って怖いな」
「……そうですね」
「仲良くふるまいつつも、本心はまったく別。ま、さしずめつまらない嫉妬を重ねているうちにそれが限界にきて……」
「嫉妬って。彼女が私に嫉妬するとこなんて何もないです」
「そう? たとえば……君可愛いし。男にちやほやされる君をいつも隣で見ていて」
「急に冗談言わないでください。第一そんなことぐらいで……」
「十分だよ」
「……彼女は、期待されて入社して、入社当初こそ同じスタートラインだったけど、あっという間に上に行って責任のある仕事を任されるようになって……大変だけど仕事が楽しいって言ってる彼女のことをいつも私は、うらやましいって……」
 未央は言葉のはっとして途中で口を閉じるとそのまま開かなかった。
「そういうこと。嫉妬という感情は誰でも少なからず持ってる感情なんだよ。大抵の人間は気付かないか、気づいていても相手との関係を優先させる。でもちょっとしたきっかけだったり、長年溜まりに溜まった鬱憤が抑えきれなくなると自分の感情を優先させて私利私欲のために手段を選ばなくなる」
「きっかけなんて……心当たりがない。だって、ずっと仲良かったし」
「同じ相手を思っているってことに気付かなかった?」
「気付かなかった、ほんとに……知らなかった。……言って欲しかった。それくらいのこと打ち明けられる、言えるくらいの仲だって……」
「仲だって、思っていたのは君だけだった」
未央は再び言葉につまり口を閉じ軽く唇を噛んだ。「それも、よくあることだよ」という西崎の言葉にゆっくりとため息をついた。そして俯き顔を隠すようにして力ない笑みを浮かべた。
 会話が途切れ、二人のグラスも空になっていた。
「私、そろそろ帰ります」
 もう一杯という気にはとてもなれず、未央が荷物をまとめると西崎も立ち上がった。
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