この想いが届くまで

03 最悪から最幸の夜へ2

 立ち上がって扉まで行き退出を促すが相手は動く気はないようだ。未央は考える。一度新しいお茶をお持ちしますと部屋を出て誰かに助けを求めるべきかと。数少ない男性社員の中から、呼べそうな人は誰かと思い浮かべていると土屋が口を開く。
「俺、次期社長なんだよね。仲良くしておいた方がいいと思うよ」
 未央は目を伏せ、口も閉じたままなんとかこの状況を脱したいと色々と思い巡らせていた。仲良くしておいた方がいいと言われても取引先との必要以上の接触はむしろリスクになるし、この男の身の上話に少しの興味もわかなかったのだ。
「親父とここの創業者が古くからの付き合いでさ、俺も小さいころ会ったことあるらしいんだよねぇ。覚えてないけど」
「……そうですか」
「昔からここの新作発表会、会見会場の手配、就職説明会、その他もろもろ全部うちが請け負ってきた。すごくない? 全部だよ」
「はい。大変お世話になっております。……本日はご足労いただきありがとうございました。明日また連絡いたしますので」
「……君、つれないなぁ」
 ガタッと椅子を引く音が聞こえてびくりと肩が震える。
(まずい、こっちくる……!)
 さすがに自分一人では手に負えないと、未央が外に飛び出そうと扉に手をかけた時だった。突然部屋の扉が開いて男性が二人部屋の中へと入ってきた。
 未央はふらふらっと後ずさって、背中が壁に当たる。目の前に突然現れた人物に驚いてただ瞬きを繰り返すことしかできなかった。西崎と百瀬だった。
「……あれ、申し訳ありません。こちら使用中でしたか」
 西崎は部屋を見渡し最後に壁際に立ち尽くす未央と目が合う。内心驚いたが表情には出さない。
「あぁ! どうぞどうぞ、ちょうど帰ることろでしたので」
 男を前にすると土屋はさっきまでとはまるで違う態度を見せる。出ていこうとする土屋を西崎が制止する。
「机の上に書類をお忘れですよ」
「あぁ、あれはもう、そちらの女性に話は済ませてありますので。……こんな格好ですみませんね。代休中にちょっと思い出して書類を受付に渡すだけのつもりで来たので……」
 西崎は土屋の言葉には一切の返事も反応もせず至って冷静に口を開く。
「半年程前に社員からとあるエスカレーションがありました。終始威圧的な態度で、気が済めば業務にまったく関係ない話をして長々と居座り困った要求ばかりをしてくる取引先相手がいるという相談だったそうです。……担当者を変えるようお願いしているはずですが?」
「なんのことだか……」
「それを機に、社員の安全を守るためセキュリティの観点から全会議室、応接室にカメラを設置しました」
「だ、だからなんだっていうんだ」
 声を震わせ土屋が一歩前に出る。
「別に会社に報告したければすればすればいいだろう。俺はなここの創業者と顔見知りで……!」
「……それが? 今この会社の社長は私です。創業者と顔見知りだろうが関係ない」
 西崎が土屋を見下ろしきっぱりとした態度で告げると、土屋は分かりやすく動揺しだした。続けて百瀬が静かに扉を開いて言った。
「どうぞ。道中、気をつけてお帰りくださいませ」
 百瀬に促され土屋は逃げるようにして部屋を出ていった。
< 45 / 69 >

この作品をシェア

pagetop