この想いが届くまで

05 それぞれの朝

 月曜日の朝。普段よりも早く出社し一番乗りだった未央は、一人でぼんやりと自席に座り完全に油断し欠伸をしているところを先輩の彩佳に見られてしまった。
「おはよー! 未央ちゃん。今日早いね」
「はっ……、彩佳さん、おはようございます」
「なぁに? 夜更かしでもしちゃった?」
「……まぁ、はい」
「何してたの?」
「えぇっと……」
 何をしてたと聞かれても、恋人とロマンチックな夜を過ごしていましたなどと正直に答えられるわけがなく言い淀んでいると「そんなことよりも」と彩佳が少し興奮した様子で言った。
「とても嬉しい報告が二つあります」
「えっ! なんですか?」
「一つは、土屋さんの件は無事に解決しました。他社とのやりとりが一切ない部署に飛ばされたらしいよ」
「そうですか、よかった……」
「もう一つは」
 彩佳はまだ出社してきていない未央の隣の社員の席に座ると身を寄せた。
「今度うちから出る新商品のイメージモデルに男性を使うらしいのよ」
「レディースですよね?」
「ターゲットが女性だからこそ、ね。ま、今までにも何度か男性を起用したことはあったんだけど……なんと、その男性が……なのよ!」
 耳打ちされた芸能人の名前に思わず大きな声が出る。
「へぇ……!」
「恋人にしたい、弟にしたい、抱かれたい、今すべての称号を手にしてる若手俳優! 未央ちゃん、次のメディア対応やってみる?」
「……いえ」
「だよね、当然やるよね! ……ん?」
「ええっと、私はいいです。たぶん、他にもやりたい方たくさんいると思うので……」
「ほ、本気で言ってる? イベントとかCMとか現場で本人に会えるよ!?」
「今担当させてもらってる仕事が夏くらいまで続きますし、掛け持ちは難しいし、誰かに途中からお任せするのも……最後まで自分でやりたいです」
「それは分かるしその気持ちは尊重する。大丈夫、ちゃんとフォローするから」
「ありがとうございます。でもやっぱり私はいいです」
 平然とした笑顔を見せる未央と呆気にとられる彩佳、二人の表情は見事に真逆だ。
「ねぇ、未央ちゃん」
「はい?」
「前から思ってたんだけど、未央ちゃん彼氏いるんじゃない?」
「なんでですか?」
「いや、だって。断るなんて……あ、分かった。イケメンは受け付けないタイプ?」
「そういう、わけでは……」
 彩佳には日頃からお世話になり、人としても好きだと思える。嘘はつきたくない。しかし、相手が相手だけに正直に彼氏はいますと言ってしまったら後々自分の首を絞めることになるのは分かっていた。でも本当のことが言えないのはやっぱり苦しい。
「実は……その、好きな人がいます」
「なんだぁ! そういうことかぁ!」
「……はい」
「そっかぁ。未央ちゃんって一途なんだね。イケメンに会えるってなったら私なら彼氏いても飛びついちゃうけど」
 声を出して笑いあっていると一人、二人と出社してきて未央たち二人の会話は途切れる。
 彩佳が立ち去り、未央は好きな人がいるとちゃんと言えたことにほっとひと息ついた。
 一人になった未央はスマホを取り出した。昨夜遠藤から久しぶりに連絡があったのだが出ることができなかった。遠藤とは転職後に一度会った日以来会っていなくて、連絡もとっていなかった。彼氏ができました、幸せです。くらい報告しておこうか。それが遠藤を通して理沙に伝わればそれでいい。もういいのだ。
「未央ちゃーん! ちょっといい?」
 彩佳に呼ばれて席を立つ。
(連絡ならまた来るよね。その時でいっか)
 結局着信は一度きりで、それからしばらくの間遠藤からの連絡はなかった。
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