ヤンキー上司との恋はお祭りの夜に
貴方とは上司と部下。
一線を越えるのなんて、私にはムリ。


「さっき言ったことは、忘れて下さい。副社長の言葉も、聞かなかったことにします」


ぎゅっと唇を噛む。
これからもずっと、そうやって生きていくんだ。



「さよなら」


ファーストキスの相手。



「ケイ、待て!」

「いいから!ほっといて!」


お願いだから一人にして。
今度こそ、感傷に浸らせて。


「副社長には興味がないの。私は……平凡な恋がしたい……」


ドラマチックな恋なんて向かない。
それがよくわかった。


「ごめんなさい…」


大好きだけどムリ。
どうか諦めて下さい。


目を向けてる副社長の顔が悲しそう。
そんな顔を見せるなんて、絶対に卑怯だ。


(私が泣けないじゃない…)


泣きたいのはこっちだって同じなのに。

好きだけど遠い存在だってわかったから、胸が痛くて仕方ないのにーー。



ぐっと泣くのを堪えて逃げだした。
カラカラ…と下駄の音を響かせて走る。

カタカタ言わせながら階段を下りきった。
追いかけてこない人に気持ちを残したまま、シャラシャラ…と歩きだす。




(……仕方なかった…)


私は何も持ってない。

真綾みたいな美貌も。
聖みたいな職能も。


持ってるのはアガリ症と吃るクセ。
どっちも治せないものばかり。


(もう…仕事行けない……)


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