妖あやし、恋は難し

狙われる命





黒木組の事務所から泊まっているホテルに戻る道中。

結の数歩後ろをついて歩く湊。

二人が無言で歩きいていると、不意に背後の湊が声をかけてきた。


「おい」

「! は、はいっ!」

当然、結は飛び上がらんばかりの勢いで驚く。

その様子に湊は深くため息を。


「…頼むから、いちいちびくつくな。……怒鳴らないから…頼む」

やけに切実な訴えに、結は困惑しながらも「はい…」と言って頷いた。


「…日中なにも食べずに仕事をしてるが、その…お前の身体は大丈夫なのか」

「え、へ平気です。し、仕事ですし、一度集中力が途切れると、元に戻すのが大変なんです。自分の体力が持つ限り続けたほうが、早く仕事が終わります…大丈夫です、その、心配していただいてありがとう、ございます……」

「いや…別に」


そんな話をしていると、もうホテルの前に到着。

そのままスムーズに二人は中へ進み、お互いの部屋の前へ。


「じゃあ、今日も…護衛ありがとうございました。おやすみなさい」

「…ああ」


お礼を言ってそそくさと部屋の中に消えていく彼女に声をかけようとした湊だったが、声が届く前に部屋の扉は閉じ、伸ばしかけてた彼の手が虚しく宙をかいた。







しかし



それから二日間、黒木組に足しげく通い除霊をしていく結は、湊が心配した通りみるみる内に痩せていった。

相変わらず昼間は何も食べていない。

おまけに除霊中は体力が通常の何倍も消費される。

不健康とまではいかないが、初めて黒木組の事務所に足を踏み入れた時と比べると格段に痩せてしまっていた。

それは湊だけでなく黒木組の組員達の目にも分かるほど。


そんな結に相反するように、組長の黒木剛蔵は日に日に元気になっていった。


その様は、まるで結の力を吸い取って回復している、そんな風に錯覚してしまうほど対照的な二人のようすに湊を始め登坂そして蓮までも不安になっていた。

「親父が元気になっているのは大変喜ばしいですが…今の一条様は見てられやせん。こんままでは倒れてしまわれます!皇殿、どうにかなりやせんか?」

「どうにかって…俺が言ってもはぐらかされるのがオチだ…嫌われてるから」

「でもお前、あいつの護衛なんだろ!!?」

「…!!!」

「どうにかしろよ!!嫌われてるとかそんなのいい訳じゃねえか、そんなんやってるうちに倒れるぞあいつ!!」

「「俺らからもお願いしやす!!!皇の旦那!!」」


除霊が行われる部屋から少し離れた場所で交わされる会話。

登坂や蓮だけでなく下っ端のヤクザ達もこの数日間で結を相当気に入ったらしく、湊を皇の旦那と呼び、そろって頭を下げてくる。

「この男所帯の中に輝く一輪の花!!」

「我が組の親父を救って下すった女神!!!」

「俺達の心の天使、結嬢を助けてください!!!!おねげぇしやす!!」

…とまぁ、いつの間にか彼女の知らぬところで誕生してしまった熱狂的な信者に至っては、涙ながらに湊にすがりつく始末。

そんな中に立ちながらも、湊はまだ迷っていた。

モヤモヤとした感情が胸に残る。


(…俺だって、どうにかしたいと思ってる。けど、言ったってあいつはきっと聞かないし…これ以上何かを言って嫌われるのは…もう…)


だが、この日、ある事件が起こる。

それが湊の迷いを打ち消すことになるのだった。


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