渡せなかったラブレター
たった一つの命
先生は
事故の説明を続けた


「事故が起こったのは、
彼が自転車でおじさんの工場へ向かっている途中でした。
交差点で、信号を無視したトラックにはねられて…」


淡々と話していた先生が
そこで声を詰まらせた


「彼はね…がんばっていたんですよ。
新しく自分の道を…
自分の力で、歩き…歩き始めていたんです。
なのにこんなことになってしまって…」


見たこともない先生の姿だった


きっと誰もが
先生を見て
事の重大さに気づいた
そんな風だった


あたしは
気づけば
涙が流れていた

無意識に
あふれ出していた


章弘の最後を
聞けば聞くほど
章弘の死が
この胸の中に
流れ込んできて

冷たくなっていた体に
体温が戻るように感じた

そして

体温が戻ると同時に
涙が次から次へと
流れ続けた


とても静かな
涙だった


それは
あたしがやっと
章弘の死を
受け入れた瞬間だった



誰も泣いていないのに
あたしだけが
泣いていた


周りに座っている子たちは
不思議そうに見ていた


章弘とあたしの
関係を知る人は
誰一人
いなかったから






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