空を祈る紙ヒコーキ

 気休めしか言えなかった。

 特進科に在籍している上、数年触っただけでギターを弾けるようになるんだから物覚えが悪いっていうのは違うと思う。それにマンガを描く作業だって記憶力がないと続けられないはずだ。心理描写はともかく空の描いたマンガは起承転結がしっかりまとまっていた。

 当たり前だけど気まずい空気になった。

 お互いがそこにいると分かっているのに、私は空がそこにいないみたいな素振りでベッドの上に残った原稿を拾い、空も空で私の存在から逃げるようにギターを鳴らした。

「届くかな。この音」

 小さな声で空はつぶやいた。想像以上に綺麗な音色を聴いているうちに気まずさはマシになってくる。ギターって激しくかき鳴らすイメージの方が強かったけどこんな優しい音も出せるんだ……。静かに心を打つメロディーに耳を傾けた。

 しんみりした曲調。柔らかい音なのに何かを主張するかのように芯が感じられる。言葉にされない空の気持ちが込められていたりするのかな。落ち着くのに、空のギターからは深い悲しみが溢れているようだった。

「お兄ちゃんギター弾けるの!? すごーい!」

 帰ってくるなり部屋に突入してきた暁が私達の間にあったもの寂しい空気を一瞬で蹴散らした。いつもはうっとうしくある弟がこの時だけは救世主に見えた。別に助けてほしいと思っていたわけではないのに。

 ギターの聴き役を暁にバトンタッチし、私は逃げるように空の部屋を出た。

 飲みに行っていた夏原さんとお母さんもその後すぐ帰ってきた。もっと遅くなると思っていたけど私の入学祝いに料理を作るんだと二人は張り切っている。夏原さんなら分かるけどお母さんが私のために料理をしたがるなんて意外だった。

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