クールな御曹司と愛され政略結婚
『そうか』か。

灯はたぶん、待っていたんだな、私が変わるのを。


ビーコンへの転職を決めたとき、父の娘であることで、反感を持たれる可能性もあると覚悟した。

自ら創現を後にした人たちが作った会社だ、創現の関係者にいい感情などないだろうし、ましてや父は、堂々とビーコンを敵視していたひとり。

それでも、業界最大手と言われるプロダクションで自分を鍛えたかったから、ここに入ることを選んだわけなのだけれど。

そして予想外に、中の人たちは私が誰だか知っても、気さくでフレンドリーだったのだけれど。

私はやっぱり、いつもどこか肩肘を張っていた。



「佐鳥さん、すみません、下の道路が渋滞してるらしくて、フードの車が遅れてるんです」



ケータリング会社の若い女性が、申し訳なさそうに声をかけてきた。

撮影中の食事は、現場の士気に大いに影響する。

お弁当やカップラーメンのときもあるけれど、今回のように予算に余裕があるときは、温かい食べ物で英気を養えるよう、私はケータリングを使う。

レモンスカッシュからコーヒーまで飲めるドリンク用のワゴン車は、セッティングの間もずっと対応してくれていて、大人気だ。



「了解です、どのくらいかかりそうですか?」

「あと30分ほどで山のふもとに着くそうです」



私はふもとからここまで登ってくる時間と、撮影開始までの時間を計算した。



「着いたらすぐに、クライアントさんの分と、あと女優さんのバスに3人分用意してください。そのほかのスタッフは休憩を遅らせるので」

「ありがとうございます、わかりました」



私はタイムテーブルの変更を伝えるために監督たちのほうへ足を向けた。


灯の下につくことになってから、職場ではさすがにそれなりの態度で接するものと思っていた私は、プライベートとなにひとつ変わらず私を唯と呼び、親しさをそのまま出して振る舞う灯にびっくりした。

早く私を溶け込ませるために、わざとそうしているんだろう、くらいは想像していたのだけれど、今わかった。


灯は私を"ビーコンの人間"にしようとしてくれていたのだ。





「アクション!」



夕闇がすぐそこまで迫っている中、太陽が稜線に消える一瞬を狙って、カメラが回りはじめた。

真白なトップスとロングスカートを身に着けた女優さんが、沈みかけの太陽に向かって、草地をゆっくりと歩く。
< 73 / 191 >

この作品をシェア

pagetop