【短編集】その玉手箱は食べれません


 窓際の席に好んで座る男はいつも阪神タイガースの野球帽を目深にかぶり、ウエイトレスがテーブルに近づくと顔を背けて「コーヒー」と呟くように注文を告げる。


 無愛想なのか恥ずかしがりやなのかわからないが、決して感じの良い客じゃない。


 それでも数少ない貴重な常連さんを持て成すためにウエイトレスは嫌な顔ひとつしなかった。


 コーヒーをテーブルに持っていったときも「ごゆっくりどうぞ」とにこやかに声をかけて席を離れていく。


「あそこにいるお客さん、毎日来てくれるんですね」

 勤めてまだ2週間のウエイトレスがシルバーのお盆を片手にマスターに語りかけた。
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