恋色流星群
 

 
しゅん、と鼻をすすって。
極太の猫背を、上に引っ張り上げる。


「…瀬崎さんと後藤さんの予約が20:00から入ってる。丸井さんは21:00から。
あと、南さんから電話あったわ。
アヤは金山さんと同伴してくるって。」

『そっか、分かった。』


やっと、葵ちゃんが口にした金曜日らしい台詞に。
お店中に、ふわっと熱が走る。


『同伴できなかった分、今日はここでがんばります。』

「しなくてよかったわよ、その顔で。
あんたこそ、ホラーよ。」


よくコンタクト入ったね、という憎まれ口に。


『おめーもな♡』と返したら、やっと笑った。















私の猫っ毛を、ふわふわボリューミーな巻き髪に変えて肩に落としていく。
もう5年の付き合いになる、ヘアメイクさんによると。


私が店長に掛け合った、来週の金曜日から一週間休みをもらうことが、“しばしお暇をいただく”にすり替わり。


一週間のお休みを常連さんに連絡し始めたことが、“太客に引退挨拶を始めた”にすり替わった。




『お暇?!笑えん。』

「私もびっくりしたよ。」


だからチーママ断ったのか~とか思っちゃった!、と。
彼女がヘアスプレーを手にした瞬間、阿吽の呼吸で私は頬につい立てを作る。

降りかかるスプレーの濡れた霧に包まれながら、息を止めて肌を守る。




聞き慣れた、カタンとスプレーのボトルが戻る音と。

「はい、お疲れさま。」

鏡の中の彼女の満足そうな笑顔で、金曜日のスイッチが入る。


『ありがとー♩
やっぱりプロにやってもらうと違うね♡』


「理沙ちゃん。選択の時、って必ず来るものよ。」


次の女の子のために、席を空けようとしたら。
ふと下を向いた前髪に、心がひっかかった。


「分かってはいるけど、想像するとやっぱり少し寂しいね。」


私は、昨日陽斗くんの。
こんな顔は、見なかった。

だから、ちっとも。
胸が痛むこともなかった。


『…ありがと。気持ち、十分伝わってるよ。』


そっと、年上の彼女の肩を抱いたら。
大げさにも、涙ぐんでいて。


選択する人を見守る、切なさ。
選択する人の、痛み。


彼は、やはりそのどちらも請け負って。
私を待つつもりだと。





今さらながら思い知る、その熱さに。

今さらながら、心は震えた。


 
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