恋愛じかけの業務外取引
私情だなんて、なにを言っているのだろう。
いつだって胡散臭いくらいに爽やかで、私情のしの字も見せたことなどないではないか。
「私情を挟んでいたようには思えなかったけど」
「そりゃあ、見せないように挟んでたからね……はじめのうちは」
「今は?」
私の問いに、彼は困ったような笑顔を返す。
ごまかされてしまった。
私には言えないような私情だったらしい。
気になるけれど、こんなに苦しんでいる彼を見てしまっては追求できない。
「もう12時だな。送るよ」
堤さんが、カバンから財布と車のキーを取り出して立ち上がる。
「え、ああ。そうだね」
「車の中、寒いだろうから。先にエンジンかけとくわ」
「ありがとう」
彼はさっさと部屋を出て行ってしまった。
私はカップに残ったお茶を飲みほし、流し台で軽くカップを洗って部屋を出る。
彼のカップにはまだお茶が残っていたので、置いておくことにした。
合鍵で施錠し、エンジンの唸る彼の車へ。
この車に乗るのはこの部屋に初めて来た日以来だ。
車内にはしっとりした音楽が流れていて、私たちはほとんど無言だった。
夜中の通りは空いており、3駅分の距離を行くのに10分もかからない。
自宅アパート前に停車し、ドアロックが解除される。
「マヤ」
「なに?」
運転席でハンドルに腕を掛けている堤さんの瞳が、悲しげに揺れた。
「俺たちの個人的な取引を終了しよう」
彼の言葉は、ふたりで乗るには無駄に広い車内と私の全身に切なく響いた。