黒胡椒もお砂糖も


 私は尾崎美香と言う。

 今年32歳で、独身。・・・独身に戻った、のだ。正しくは。去年までは田西美香という名前だった。

 流行に乗る気はなかったが、「バツ1」というのになってしまった。何とか4年続けた結婚生活は一昨年破綻していた。結婚生活の破綻と同時に破綻したのは就職状況。それらを何とか乗り越えて転職したこの生命保険会社で、私は営業をやっている。

 救いだったのは前の会社は証券会社で、同じ金融業界からの転職で仕事内容の上でそんなに苦労はしていないということ。

 やることは一緒だ。自社商品のお勧めと、それの契約を貰う事。目に見えないのは投資信託や株式も保険も一緒。

 だけど証券会社の頃とは違って、私は芯から疲れていた。それは判っていた。

 一人で、必死で、毎日をやりくりしていた。

 たまーにあるこんな「いい事」をかき集めて、それだけを養分に変えて客の前で笑う力にしていた。

 ハッキリ言って色々なことに枯渇していた。

 だけど、仕方ない。

 少なくともこれが――――――――今までの私が選んできた人生なんだから。

 誰かのせいには出来ない。それくらいは判るくらいに、既に大人だった。


 都心のガラス張りの大きなビルに入っていく。10代の頃憧れた大都会の大会社で働いているわけだけど、今はそれに何の興奮も覚えなかった。

 ただ、色んな会社が入ってるがために6台ものエレベーターに乗るのに苦労することにイラついていた。


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