黒胡椒もお砂糖も


 楠本さんが一歩近寄った。

「初めまして、本社でFPをしている楠本です」

 背中がぞくりと反り返るようなハスキーな声、見惚れるような色気たっぷりの笑顔だったけど(多分後ろで大嶺さんは見惚れてたけど)、心の中でウチのスーパー営業を殺戮中の私は笑顔もなく淡々と自己紹介をした。

「・・・こんにちは。第1営業部所属の尾崎です」

 私の無愛想な返答に顔を顰めるどころか、楠本さんは面白そうな顔をして口角を吊り上げた。

 ほお、何だろうこのやんちゃな顔は。・・・うーむ、確かにいい男だ。保険会社にいるのが不思議。俳優とかモデルとか、そんな何かになったらよかったのに。

 平林さんの殺害を忘れて思わず引き込まれてしまった。すぐにハッとして、私は3人に頭を下げる。

 これ以上の見世物はごめんだ。さっさと帰ろうっと。

「私は失礼しますね、お疲れ様でした―――――」

「あ、俺も帰るから、一緒に」

 言ってる途中で平林さんが遮る。私はぐらつく上体を何とか抑えた。・・・いやいやいや・・・このおっさん~!!

 私は一つ深く息を吸って、低い声で言った。

「・・・平林さん、別々に帰りましょう。私は電車で」

「交通費勿体ないよ。送るからさ」

「いえ、交通費は会社に請求出来ますから」

「どうせ同じビルに戻るんでしょ」

「結構です!電車で帰りたいんです~!」

「あははは、尾崎さんが怒った~」


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