オフィスの野獣と巻き込まれOL
綿貫家の伝統で、朝、主人が出かけるときは、行ってらっしゃいませとお見送りをする。

ということで、私も祐一さんを見送るために玄関に来た。

「じゃあ、行ってくるから」

外国製のスーツをきっちり着こなし、社長になってからの素敵さは3割増しになっている。

「はい」

「はい、じゃなくて。美帆、早くこっちに来いよ」
彼が、両手を広げて待っている。

「あの……他にも人がいらっしゃいますが」左右首を振ると、どっちにも人がいる。

「美帆……俺たちは、籍を入れてないけど。もう、ちゃんとした夫婦だよ。
夫を送り出すのに、キスもしてくれないのか?」

こういう習慣だけは、頑固に曲げようとしない。

日本ではこんな風にしないと言っても、分かってくれない。

「えっと……」

祐一さんは、こういう時だけ、欧米人みたいなスキンシップを求める。

「早く。時間がないんだ。家に帰ってくるまで会えないんだから。美帆は、会社に来てくれないだろう?」

「お言葉ですけど。退職願を出せって言ったのは、あなたの方ですけど」

祐一さんは、そんなこと言った覚えはないと私の意見を突っぱねた。

私は、チラッと後ろを振り返った。

武子夫人は、この場にはいない。

けど、朝の様子は他の使用人から、耳に入るだろう。

私は、彼に近づいて、ゆっくり彼の腕の中に収まった。

さっきまで感じていた、ぬくもりがよみがえってくる。

もう、この腕の中が落ち着くと思うようになってしまった。

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