さよなら、世界


 義眼を外した彼女の右目は、空洞ではなかった。閉じかけた目のすきまに、まぶたの裏側と同じような粘膜がのぞいている。視力に影響しない形ばかりの代用品を握り締め、理香子さんは私を激しく揺さぶる。

「あんたみたいに、悪い血筋の子が、誰かとまともに関係を築けるわけないでしょう!」

 世界がひっくりかえったように視界がゆらいで、吐きそうだった。胃も、肺も、心臓も、身体のなかでバラバラに動いている気がする。

「私はあんたのために言ってるのよ!」

 左目から涙を流す理香子さんが恐ろしかった。失った瞳のぶんまで、残された瞳に憎しみが燃え上がっている。

「誰かを傷つける前に、あんたから離れなさい! あんたは誰にも優しくされる資格なんてないのよ!」

 理香子さんの声がだんだん遠のいていく。

「全部あんたの母親のせいよ――」

 痛い。

 肺が張り裂けそうで、呼吸ができない。あらゆる痛みがごっちゃになって私を締め付ける。

 怒りをすべてぶちまけて、理香子さんは崩れ落ちた。私の足元で、子どものようにうずくまって泣いている。

 すすり泣く声を聞きながら、肺に詰まった空気を切れ切れに吐き出した。喉が痙攣して、息が吸えない。

 とても寒かった。
 暗闇に置き去りにされたように、見えない。何も――





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