金木犀のエチュード──あなたしか見えない
男性は詩月くんをまじまじと見つめていた。

詩月くんを頭から足先まで舐めるみたいに分析し、まるで値踏みしているーーそんな風に見えた。

その男性がわたしと志津子を目敏く見つけ、話しかけてきた。

「君たち。聖諒の、えーーと普通科の学生さん?」

「……はい、そうですけど」

ふいに話しかけられて、後退りしたわたしの後ろで志津子が「イヤだ、話しかけてきた」とボソッと呟いた。

「ちょっと彼について訊ねてもいいかな?」

「ん……今、いい所なんですけど」

「だよね。この曲が終わったらいい?」

わたしは「はい」と答えながら、よほど詩月くんのことが気になるんだなと想った。

詩月くんは予選課題曲のメンコンではなく「懐かしい土地の思い出」を弾いている。

祖母の御悔やみで弾いていた曲なのに、あの時のもの悲しさや悲痛さは感じられない。
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