金木犀のエチュード──あなたしか見えない
永山さんは残念そうに話した。

黒い服づくめの男性はアランだと思った。

ほぼ毎日、祖母の日記を読んでいる。

読み進めているうちにアランが祖母と共に、詩月くんに街頭演奏を勧めたことがわかった。

天才ピアニスト周桜宗月の息子で、周桜Jr.と常々、父親と比較されている詩月くんは、父親への病的なコンプレックスに悩んで、自分自身の演奏ができなくなり、コンクールを頑なに拒んでいたことも書かれていた。

祖母と詩月くんのレッスン中に交わされた会話は、祖母が彼の悲観的な思考を諭し励ますことに趣がおかれている。

「あなたは周桜Jr.ではない、周桜詩月よ」

日記の中で、何度も繰り返されている。

祖母は毎回のレッスンで、必ず指使いを注意もしている。

幼い頃、指使いが上手くいかないと泣いていた彼は、今も指使いがデタラメなのだと思うと、信じられないを通り越し、可愛くさえ感じる。
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