金木犀のエチュード──あなたしか見えない
指を擦る手が止まる。

「あんな『鐘の音』は初めて聞きました。マリア様が見えるようだった。でも、彼……風邪で39度の熱を押して演奏してたんです。演奏後、失神して保健室に」

アランは苦虫を噛み潰したような顔をし「無茶をする」と呟いた。

「でも『ラ・カンパネッラ』は試験官をした教授たちが『あの曲をノーミスで、あそこまで見事に演奏されたのでは教える側はお手上げだ。しかも、あんな状態で』とぼやいていたほどの、演奏だったんです」

アランが深い溜め息を漏らす。

「39度の熱で受験しただけでも信じ難いのに、あの曲を受験の実技に演奏するとは、凄い自信だな」

「そうですよね。屋上の通気孔から、一緒に聴いていた友人は、顎を外しそうでした」

「『ラ・カンパネッラ3番変イ短調』はクララ・シューマンが録音をしたレコードが残されているくらいで、幻の曲とまで言われている難曲だからね」


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