青春のグラジオラス

 「…ん」

 頭がぼんやりする。それに身体が気怠い。インフルエンザのときの倦怠感みたいなものが全身に纏わりついている。気持ちが悪い。けれど僕は風邪を引いていたわけでもないしその前兆を感じていたわけでもない。ただ至福の時間を、読書を楽しんでいただけのはずだった。

 のっそりと身体を起こす。そこでようやく自分が寝てしまっていたことに気がついた。なるほど、今感じているだるさはそれが原因だ。納得。

 
 そしてさらに気がついた。今自分がいる場所が自分の部屋ではないという重大なことに気がついた。


 あぐらをかいている僕の目の前には映画のスクリーンが効果音でも出そうな勢いで佇んでいた。とは言ってもはっきりとした明かりのある状態で見えているので、思っていたよりは迫力というものが感じられない。パワーポイントのときに使うスクリーンを大きくしたような、そんな印象だった。

 そして椅子がぽつりと、僕の横に腰を下ろしている。これもまた映画館で見かけるような赤い椅子で、今は座る部分がパタリと閉じている。ドリンクホルダーも憂いなくきちんと備えてあるのは素晴らしい。僕がいったいどのような立場からこの状況を把握すればいいのかさっぱり分からないけれど、ないよりはあったほうがきっといいに決まっている。
< 56 / 64 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop