Time after time たとえ何度忘れても ・・・
ノックとほとんど同時に扉が開かれ、車椅子を押した年配の看護師が入ってきた。
「失礼します。青山さん、検査の準備ができましたのでよろしいですか?念の為、これで移動してくださいね。それから、高安さん、でしたよね?青山さんが検査される間、こちらでお待ちになりますか?もしかしたら一、二時間かかるかもしれませんけど・・・」
ベテラン看護師の堂々さというのか、余裕を感じさせる口調だ。
弥生はオレがここに来る前にこの看護師と顔を合わせていたのか、怯えた様子もない。
オレは、弥生の身体的なことは病院側に従うしかなく、弥生が検査に行ってしまうとここにいても何も役目がないと思った。
「じゃあ、その間に弥生の家に行って必要なものを取ってきます。合鍵は預かってるので・・。保険証・・・は、確かカードのを弥生は財布に入れてたはずだから、あとは何が必要ですか?」
オレがそう言うと、看護師は、気が利くじゃない、とでもいう風にニッと笑った。
「保険証と印鑑は絶対ね。あと、入院になるだろうから着替えと洗面道具と、他に日常的に必要な物、例えば眼鏡とか、アレルギーがあればそれの・・・あ、ねえ、高安さんはもしかしたら青山さんの持病とか既往歴も分かるかしら?」
車椅子を固定させながら答えていた看護師が、ふと思い出したように訊いてきた。
「ええ、大体は・・・。」
「それじゃあ、代理で問診票記入してもらえるかしら?青山さんも、それで構わない?」
車椅子に移動するためベッドを降りようとしていた弥生が、ふ、とオレに顔を向けた。
それが、まるで救いを求められたように感じてしまい、オレは瞬時に胸が熱くなった。
守ってやらなきゃ。
わけもなく、強く強くそう思ったのだ。
「大丈夫ですよ。弥生も、それでいいよな?」
優しく確認すると、弥生は静かに頷いて、けれどすぐに、「でも・・・・・」と小さな声で言った。
「ん?」
「あの、着替えは・・・・・恥ずかしいので・・・・・・いい、です・・・・・」
心底恥ずかしそうに告げる弥生に、オレはなんだか心が温められる思いがした。
オレのよく知っている弥生は溌剌としていてこんな風にもじもじしたりしないが、不思議と、違和感は感じなかった。
そんな弥生の返事を聞いて看護師は微笑んでるし、
一見しただけでは、この病室に事故で運ばれて記憶がなくなってしまった人間がいるだなんて、誰も気付かないだろう。
そんな穏やかな、風景だった。