Time after time たとえ何度忘れても ・・・
「先ほどもお話しました通り、仕事の関係で知り合いました。
それ以外のことは、青山さんから直接お聞きになった方がよろしいかと存じます。」
馬鹿丁寧な物言いが、妙に鼻につく。
オレは不快感そのままに、「そうですか、分かりました。」と短く言うと、
男の脇を過ぎて病室の扉に手を掛けた。
「弥生、まだ寝てるんですけど、会っていきますか?」
その言い方に、”オレの方が弥生の近くにいるんだ” という優越感が混ざってないとは言えない。
東京で二人がどんな間柄だったのかは知らないが、ここではオレの方が優位なんだと、牽制したがる気持ちを止められなかったのだ。
だが男は特に何か反応することもなく、相変わらず穏やかな微笑みで
「いいえ、遠慮しておきます。私の顔を見ても青山さんに何か変化があるとは思えませんし、この後仕事もありますので。
仕事をこなしながらになりますが、二、三日、私もこの町に滞在することにしましたから、また改めてお見舞いに伺います。」
と告げた。
そしてそれに、オレは少なくない動揺が走った。
仕事を持っているというのにわざわざこの町に滞在するほど、この男は弥生と関係が深いというのだろうか。
オレは、動揺が大きくならないように、男に悟られないように、ペットボトルを持つ手に力を込めた。
「滞在・・・・この時季に宿がとれたんですか?」
この海青町は有名な海沿いの町とは違い、夏になると極端に混雑するというわけではなかったが、それでも一応 ”海” という文字が名前に付く以上、そこそこの賑わいは見せるのだ。
最近では穴場スポットとして雑誌やインターネットで取り上げられたこともあり、徐々にその人数は増えているようにも思う。
従って、ホテル、旅館、民宿ともに、数少ない宿泊施設は常に満室状態だと聞いている。
にもかかわらず、この男は簡単に滞在すると言うから驚いてしまったのだ。
「一人だとどうとでもなりますよ。お気になさらずに。」
男は余裕ある風情でそう言うと、病室に入ることなく帰っていった。
その後ろ姿が大人の男、という印象を強烈に与えてきて、動揺は、正体不明の劣等感に変わっていく気がした。
オレは渡された名刺をデニムパンツの後ろポケットに突っ込み、その存在を忘れることにしたのだった。