愛すれど…愛ゆえに…
9、運命の引き合わせなら

悠大「伊吹さん、大好きだよ。僕の彼女になってほしい」
伊吹「えっ」
悠大「まだお互いのこともよく知らないし、
  2回しか逢ってない。
  だから、何言ってるのって思うかもしれないけど、
  伊吹ちゃんと一緒に居ると、なんだか僕は穏やかになれるんだ。
  電話で話していても素直になれるっていうか。
  だから、これからもっと君を身近で知りたいんだよ」
伊吹「ユウさん。私……」


ユウさんの気持ちはとってもありがたく、
本当なら嬉しい申し出なのにと思う反面、
心の中でニキさんの存在が徐々に大きくなっていって、
彼の顔が声がそして香りが、
私をゆっくりと動かないように締め付けてくる。



(都内某動物園、西園)

その頃、ニキさんと姫は、
動物園の西側にあるツルエリアにいた。
姫はニキさんの顔を幸せそうに何度も見ている。


向琉「今日はなんだか暑いね」
姫奈「そうね。歩いたから喉も乾いてきたしね。
  やっぱりアイスクリームのほうがいいかな。
  私、売店で何か買ってきましょうか?」
向琉「いいよ。
  僕が買ってくるから待ってて。
  アイスだけでいいの?
  飲み物はいらない?」
姫奈「うん。アイスだけでいい。ありがとう(笑)」
向琉「うん。分かった」


ニキさんは笑顔でそういうと、
売店のあるほうへゆっくり歩いて行った。
姫はベンチに座って嬉しそうにパンフレットを見ていたけれど、
そこに後ろから女性が近づいてきて声をかけたのだ。


女性「あの。お尋ねしたいんですけど」
姫奈「はい。なんでしょうか」
女性「貴女は仁木向琉さんの彼女?」
姫奈「え?いえ、友達ですけど……
  何故そんなこと聞くんですか?」
女性「先ほど東園で、
  仁木さんを見かけたから声かけようと思ったんです。
  けれど貴女がご一緒だったから、
  声をかけたら悪いかなって思って」
姫奈「あの、貴女はニキさんのお知り合いですか?」
女性「ええ。
  仁木さんご兄弟とはもう長い付き合いで、
  彼のお兄さんとはずいぶん親しいのよ、私」
姫奈「そうなんですか!それは失礼しました。
  私、知らなかったもので」
女性「いいのよ。
  あっ、不躾にごめんなさいね。
  私は山本鴻美(こうみ)と言います。
  お友達だったらお聞きするけど、愛羽伊吹さんってご存知?
  荒川近くに住んでる女性なんだけど」
姫奈「ええ、知ってます。
  伊吹は私の親友ですから。
  今日は彼女も一緒にここにきてるんですよ」
鴻美「ペンギンのところで一緒に居た女性よね?」
姫奈「ええ。そうですよ。
  あの、伊吹ともお知り合いですか?」
鴻美「そうなの。この間も会ってお話ししたのよ」
姫奈「そうですか。
  伊吹達ならきっと今頃、
  ライオンのエリアくらいにいるんじゃないかなぁ。
  今、ニキさんは売店に行ってて、
  もうすぐ戻ってくると思いますから」
鴻美「そうなのね。貴女たちの邪魔しちゃ悪いし。
  いいわ、また仁木さんとは逢う予定になってるから。
  私のことは気にしないでください」
姫奈「え。いいんですか?
  ニキさんに何か用事があったんじゃ……」
鴻美「ううん、今じゃなくていいことだから。
  では、皆さんで休日楽しんでね」
姫奈「はい。では、失礼します」


姫は小さく手をふり去っていく初対面の女性に会釈をする。
彼女に柔らかく声をかけたのは、
ニキさんのお兄さんをずっとつけ回し、その彼女を脅した人物。
冬季也さんを追いかけまわし自殺未遂までして、
ニキさんを困らせ、私の自転車を壊したあの人……
あの恐怖の女性、山本鴻美だった。


彼女が立ち去ってから5、6分して、
ニキさんが白いビニール袋と、
ソフトクリームを二つ持って戻ってきた。

向琉「姫ちゃん、遅くなってごめんね。
  売店のソフトクリーム売り場、
  すごい行列でやっと買えたよ。
  はい。溶けてきちゃってるから早速食べて」
姫奈「ありがとう。頂きまーす。
  んー!美味しい」
向琉「それとお茶買ってるから、喉が乾いたら飲んでね」
姫奈「うん。あっ、ニキさん」
向琉「ん。何?」
姫奈「さっき、山本鴻美さんっていう、
  茶髪で髪の長い女性から声かけられて」
向琉「えっ!?」
姫奈「ニキさんのこと話したの。
  お兄さんの知り合いなんでしょ?」
向琉「それでその女は何て!?」
姫奈「えっ……
  あぁ、そうそう、伊吹とも知り合いだって言ってた」
向琉「それ何時頃のこと!?
  彼女は何処に行った!?」
姫奈「えっ(焦)そうね、10分も経ってないかな。
  また逢う予定だからって言って、
  東園の方へ歩いていったわよ。
  私が伊吹はライオンエリアに居るかもって話したから、
  もしかしたら伊吹に会いに行ったのかもしれないね」
向琉「……」
姫奈「ニキさん?
  あの、何か私悪いこと言っちゃった?」
向琉「……」
姫奈「ニキさん?」
向琉「姫ちゃん、ごめん!これ持ってて!」
姫奈「ニキさん、どうしたの!?」

ニキさんはいきなり立ち上がり、
持っていたペットボトルの入った袋を姫に渡すと、
鴻美さんの歩いていった東園の方へ、
彼女の後を追いかけるようにすごい勢いで走り出したのだ。
その愕然とした表情は不安と激怒が入り混じっている。
ベンチの側には、
ニキさんが手に持っていたはずのソフトクリームが落ちていた。



そして、私とユウさんはというと、
ライオン・トラエリアから、
タカワシエリアにゆっくり移動しながら話していた。
先ほどのユウさんの告白について。

悠大「別に焦ってるわけじゃないんだ。
  でも、ナイトと沙都ちゃんが付き合いだして、
  姫ちゃんがアダムのこと好きだって聞いて、
  これってそうなる運命なのかなって感じるんだよ。
  これが自然な形で運命の引き合わせなら、
  俺はそれを信じたいんだ」
伊吹「そうね……そうかもしれない、ね。
  でも、もう少し私に時間をちょうだい?
  私もその引き合わせが本当なら信じたいし、
  それが本当なのかを知る時間がほしいの」
悠大「うん。分かった。
  じゃあ、今度はふたりきりで逢ってくれるかな」
伊吹「え、ええ。いいよ」
悠大「よかった(笑)
  ごめん。ちょっとトイレに行ってくるから待ってて」
伊吹「うん」


ユウさんは私の手を両手で握ると、
喫煙場の先にある公衆トイレに向かった。
私は止まり木に止まってるハヤブサを、
じっと見つめて、深い溜息をついた。
そしてゆっくり園全体を見回すとニキさんと姫の姿を探す。


伊吹「居るわけないか。
  そうよね。ユウさんが言うように、
  ナイトさんと沙都ちゃん、ニキさんと姫、
  ユウさんと私、これが運命の引き合わせなのかもね」


私は自分に言い聞かせるように独り言を呟く。
そうすることで、諦めの悪い心に叩きこもうとしていた。
それでももう一人の納得しない私は、
言葉とは裏腹にニキさんを探している。
それがどんな大きな諍いを生むかを知っていて……


何気なくサルエリアの人に目をやった。
写真を撮ってる親子ずれに、中学生らしき男女のグループ、
ポップコーンを頬張りながら歩いてるカップルと、
流すように目線を向ける。
その群集の中に、
一人だけ目立つ女性の姿を見つけて直視する。
その茶髪の女性を見た瞬間、
私は背筋にゾクゾクと寒気を感じて更に凝視した。
どんどんこちらに向かって歩いてくる女性が誰なのか、
確認するために大きく目を見開く。
距離が少しずつ縮まるにつれて、私の中の恐怖感は増幅を始める。
そして、それがはっきりあの女性、
山本鴻美だと認識した途端、無意識にその場から逃げ出した。
彼女も私に気がつき、普通歩行から速足になり、
駆け足になって逃げる私の後を追ってくる。


どうしよう!
こんなとこまでくるなんて。
いつからここに居るの。
私が出かけるときから!?
これも運命の引き合わせなの!?
ニキさん、助けて!お願い、誰か助けて。


後ろを何度も振り返りながら、
今にももつれそうな足取りで走った。
私は“こもれびの森”と呼ばれるお散歩エリアに入り、
彼女から何とか逃れようと必死で人をかき分けながら逃げる。
それでも鴻美さんは薄笑みを浮かべながら、
じりじりと距離をつめて私に迫ってきたのだ。

(続く)
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