愛すれど…愛ゆえに…
16、天国と地獄

冬季也さんとニキさんとの再会。
ずっと心の中で蟠っていたことが、
押し寄せては返す波のようにどんどん迫ってきて、
もじもじとじれったい私を前に前にと押し進めていく。
偶然ニキさんと逢えたことで、私は何を期待していた。
あの動物園での頼もしいニキさん、
ナイトさんの家で熱く想いを語ったニキさんの姿を。
彼は私に何を話してくれるのか。


(荒川区、某居酒屋店内)


私たちはニキさんいきつけの居酒屋で食事をした。
彼は何もなかったように接してくれている。
さすがナイトさんたちから鍋奉行と呼ばれるだけはあって、
きれいに皿に取り分けると私に器を渡してくれた。
向かい合っているだけなのに、何故だかとても居心地良くて、
このまま浸っていたい思うくらいやさしい時間。


伊吹「この豆乳鍋、美味しい」
向琉「だろ?はい、熱いから気をつけて」
伊吹「ありがとう。
  何だか……うふふふっ(笑)」
向琉「えっ。ふっ(笑)何を思いだし笑いしてんの」
伊吹「いえ。こうやって向かい合って鍋を突いてると、
  初めて会った時のこと思い出すなーと思って」
向琉「初めて会った時?」
伊吹「ええ。アンコウ鍋」
向琉「ああ」
伊吹「あの時はいろんなこと、食べながら飲みながら話したよね」
向琉「そうだったな」
伊吹「ニキさんは私のこと、あんこうって言ったのよ。
  『生涯くっついて、
  “ヒモ”のように生きるオスを養ってる魚が大好きなんて、
  それを「うまいうまい」と言っている君も、
  きっと男に利用されて苦労する女ってことだ』って言われてさ。
  ほんとに失礼な人だなって思った」
向琉「そ、そんなこと覚えてるなよ」
伊吹「だって、かなり絡まれたし」
向琉「まぁ、そうだけどさ。
  そんなことより、もっと他に思い出すことあるだろ」
伊吹「えっ?他にって?」
向琉「みんなで好きなタイプの話してたろ」
伊吹「あーっ。その話」
向琉「伊吹さんはフィーリングを信じる人って言ったよね。
  それに、条件や肩書はその人についてるパーツだって」
伊吹「ええ、言ったわよ。
  だってそう思うもの。
  私が真面目に話してるのにニキさんったら、
  ガンダムのモビルスーツと同じなんてなんてボソっと言うしね」
向琉「えっ。そんなことまで覚えてんの」
伊吹「覚えてるわよ。ニキさんったらインパクトあり過ぎ。
  あの時からなんだかいろいろ絡みがあるのかなって思えて……
  変な予感っていうのか、直感でピーンと来たっていうか」
向琉「今もその直感を信じてる?」
伊吹「えっ」
向琉「初めて会った時、目を見て、
  “この人だ”って感じる人がいいんだろ?」
伊吹「ええ」
向琉「その感じた感覚を無視すると、
  失敗することが多いって言ってけど、
  それ、僕にも言える?」

じっと私を直視するニキさんの瞳は、
とても澄んでいて何の偽りも感じない。
心のすべてを見透かされているような、妙な照れ臭さもあって、
私は必死でこの場を取り繕い誤魔化そうとした。


伊吹「あぁ、そうそう。
  私に話したいことって何?」
向琉「だから今言ってる。
  僕の目を見て“この人だ”と思えてる?」
伊吹「ニキさん……もう、やだなぁ。
  本当にムードないんだから。
  居酒屋で豆乳鍋食べながら言う話?」
向琉「えっ。そういう問題?」
伊吹「そういう問題。
  そういうシチュエーションって大事でしょ。
  綺麗な景色見ながらとか、
  輝くイルミネーションを見ながらとか、
  素敵なBGMが流れるお店や車内で!とかさ。
  もっとロマンティックな場面で聞きたいわよ」
向琉「そう。じゃあ、今から行こう。
  ロマンティックなとこ」
伊吹「は、はい?(焦)」
向琉「出よう」
伊吹「ちょ、ちょっと、ニキさん!?」


ニキさんは会計伝票を持って立ち上がると、
靴を履いてスタスタとレジまで歩き、会計を済ませてる。
私は慌ててバッグの中の財布を探しながら彼に駆け寄ったけど、
ニキさんは私の手を掴むと、
無言で店を出て駐車場に向かったのだ。




小脇にバッグを挟んで手を上げタクシーを止めるユウさん。
姫の背中を押して、無理矢理車内に押し込んだ。
しっかり姫の腕を掴み、険しい表情を浮かべている。
姫はそんな突然のユウさんの行動に戸惑っていた。


(タクシーの車内)


運転手「お客さん、どこまでいきます?」
悠大 「足立区中央図書館までいって」
運転手「はい」
姫奈 「中央図書館って!まさか!」
悠大 「そう。そのまさか」
姫奈 「至らないお節介はやめてよ!」
悠大 「お節介?それを言うなら“救世主”と言ってほしいね」



ユウさんは半分怒ったような声で応え、
上着のポケットから携帯を出すと電話し始める。
二人を乗せたタクシーは銀座の街を通り、
京橋GCTに入り首都高都心環状線に乗って、
一路北千住方面に向けて走り出した。


プルルルルルルッ……


悠大「あっ。もしもし。俺、悠大」
騎士『ユウ。どうした。いきなり電話してきて』
悠大「今いいか?」
騎士『ああ』
悠大「今、家に居るのか」
騎士『ああ、家に居るよ。沙都莉も一緒だけど』
悠大「後からお前んちに行く。姫ちゃんと一緒に」
騎士『姫ちゃんと一緒?おい、何かあったのか』
悠大「とにかく行くからな。
  ナイトと沙都ちゃんは見届け人な」
騎士『見届け人って。
  ユウ、お前、また何する気だ?
  もっとわかるように説明しろよ』
悠大「いいから、行って話す」
騎士『お、おい!ユウ!』
悠大「じゃあ」


心配するナイトさんのことなどお構いなしに、
ユウさんは彼の自宅へ行くとことだけを伝え電話を切った。
そして居酒屋を出た私たちは、
店の駐車場に停めてあったニキさんの車に行き乗り込んだ。


(居酒屋の駐車場、ニキの車内)


伊吹「ねぇ、ロマンティックなとこって何処に行くの?」
向琉「どこにしようかなぁ。
  スカイツリー。東京タワー。
  んー、レインボーブリッジ。それとも……ラ」
伊吹「あっ!今ラブホって言おうとしたでしょ!」
向琉「えっ!不躾に何言ってんの。
  僕はライトアップしてるところ、
  他にあるかなって言いかけたんだよ。
  えっ。もしかして行きたいの?」
伊吹「ち、違うわよ。
  何言ってんのよ!」
向琉「あはははっ(笑)
  それ、僕のセリフ」


ニキさんが車のキーを回し、エンジンをかけた時だった。
コンソールボックスに置いていた携帯が鳴る。
彼は着信の名前を見て、一瞬躊躇ったけれど、
携帯を取り受話ボタンを押した。


向琉「もしもし。悠大?」
悠大『おお。俺。今いいか』
伊吹「ユウさんから?」
向琉「(頷く)ああ。いいぞ」
悠大『今からお前んちに行くから、出かける支度して待ってろ』
向琉「はぁ!?突然電話してきて、
  いきなり僕んちに来るって言われてもな。
  僕は今出先なんだ」
悠大『出先?伊吹ちゃんと一緒か』
向琉「あ、ああ」 
悠大『それなら尚都合がいい。
  俺も姫ちゃんと一緒だ』
向琉「えっ」
悠大「お前、今何処に居るんだ』
向琉「南千住駅近くの居酒屋だけど」
悠大『そうか。じゃあ、俺たちがそこに行くから待ってろ』
向琉「いい。僕がいく。
  場所を指定しろよ。何処に行けばいい」
悠大『じゃあ、ナイトのマンション。
  あいつにはもう連絡してるから。
  伊吹ちゃんも必ず連れてこいよ。
  いいな、アダム。逃げんなよ』
向琉「ああ。分かった……まったく」
伊吹「ど、どうしたの?ユウさん、何て?」
向琉「今、姫ちゃんと一緒にいるそうだ。
  僕らに会いたいって言ってる」
伊吹「姫も!?ユウさんと一緒に来るって何故」
向琉「分けわかんないけど、
  今からナイトんちに行くことになった。
  申し訳ないがさっきの続き。
  ロマンティックな場所での話はお預けな」
伊吹「うん」



ユウさんの電話で姫がいることを知った私は、
何とも言えない胸騒ぎに掻き立てられる。
それと当時に、悪魔の心がわが身を浸り、
姫にニキさんを奪い返されるのではないかと恐怖も襲ってきた。
私は嫉妬にも似た複雑な感情に刺激されて、
このタイミングを逃したら、
ニキさんからさっきの続きを聞けないかもと思い、
意を決して目を瞑り深呼吸した。


伊吹「ふーっ。あの、ニキさん」
向琉「ん?何」
伊吹「私……私、今でも直感を信じてる」
向琉「えっ」
伊吹「あの時。初めて会った時、ニキさんを見て本当は感じてた。
  “アダム”ってニックネームを聞いてすごく気になって。
  もしかしたらこの人がって、本当は感じてた。
  今だから素直に言える。
  私も初めからニキさんが気になってた」
向琉「伊吹ちゃん……ありがとう。
  すごく嬉しいよ。
  でも!その言葉、
  もっとムードのある時に聞きたかったよ(笑)」
伊吹「もう(笑)それ、もともと私のセリフでしょ?」
向琉「僕が頂いた。……ふっ(笑)しかし。
  “天国と地獄”って正にこのことだな。
  きっと修羅場になると思うから覚悟しといて」
伊吹「えっー!そんな宣言する?」
向琉「大丈夫。僕は伊吹ちゃんの傍にいるから」
伊吹「う、うん」

ニキさんは私の心の奥底にある不安を察したのか、
天使のような穏やかな微笑みと、
口調で私を諭すように言うと車を発進させた。
しかしその顔は徐々に険しい表情に変わり、
決戦に臨む意欲に満ちた凛々しい表情でもあった。
家路を急ぐ車に紛れながら、
ヘッドライトに照らされたアスファルトの道路を直走る。
私の中に潜んでいる天使と悪魔。
車の向かうその先に待ってるのは、
ニキさんとユウさんの再対決の場所。
そして、私と姫の初バトルの場所となるのだと覚悟した。


伊吹「(姫、ごめんなさい。
  あなたのことは親友で大切だけど、
  やっぱりニキさんは渡さない……)」


(続く)
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