愛すれど…愛ゆえに…
20、驚愕の夜

(JR新日本橋駅裏路地)

睨み合う私と鴻美さん。
私に詰め寄ろうとする鴻美さんの前を、
ボディーガード並みに俊敏な動きでたちはだかったニキさん。
それを見守るユウさんとナイトさん。
完全に形勢逆転した今、私と鴻美さんの直接向かい合うことになった。


伊吹「貴女が姫にしたこと。
  それをきっちり終わらせたいの」
鴻美「終わらせる?」
伊吹「そう。姫に勧めた仕事を即辞めさせるってことと、
  貴方の家にある姫の荷物。あるなら私が持って帰るわ」
悠大「荷物か」
鴻美「洋服と靴、化粧品、あとは日用雑貨かしら。
  あって衣装ケース二つ分くらいだから後日渡すわ」
伊吹「後日じゃ困るの。
  ふたつ目の条件は今夜姫の荷物を即返してもらう」
鴻美「即なんて無理。
  私は念書も書かされたのよ。もう何もできないわよ」
悠大「伊吹ちゃん、さっき約束させて書類にサインしてる。
  もうこの女は何も悪さはできないさ。
  衣装ケース二つ分なら、そう急ぐこともないだろ」
伊吹「……分かった」
鴻美「話ってそれだけ?
  済んだならもう帰っていいかしら。
  貴方たちのせいで、今夜大きな仕事すっぽかしたのよね」
伊吹「いえ、まだ話しはあるわ」
鴻美「他に話しってなんなの?」
伊吹「それは。
  (これは姫の為なんだ。
  冬季也さんの為でもあるし。
  でも、いちばんの理由は、今まで苦しんできたニキさんの為)」


鴻美さんは視線をそらさずじっと見ていたけれど、
大通りから駐車場に近づいてくる人の姿を見た途端、
無言でニヤリ微笑んだ。
ユウさんを仲介に挟んで、私と鴻美さんの掛け合いは続く。
ニキさんは私たちから少し離れたところにナイトさんを連れて行くと、
訝しげな表情を浮かべて小声で話し出した。


向琉「おい、ナイトちょっといいか」
騎士「アダム、どうした」
向琉「ナイト。この状況、おかしいと思わないか?」
騎士「そうだな。確かにおかしい」
向琉「なんだ気づいてたのか。
  いやにあの女が素直すぎる」
騎士「念書は書かせたんだろ?
  さすがに法に触れて罪に問われるとなれば素直になるとは思うが」
向琉「あんなヤバい仕事してて、
  しかも電話ではあれだけ取り乱してた女が、
  ここにひとりで来るはずがない。だろ?」
騎士「ああ。そうだな」


ニキさんとナイトさんは、
鴻美さんの状態や状況の変化を警戒しながら、
四方八方に視線をやって不審者に目を光らす。


鴻美「はっきり言いなさいよ。
  私に言いたいこと」
伊吹「それは、貴女がニキさんのお兄さんにされたことよ。
  その気持ち、私には痛いほどわかるわ」
鴻美「えっ」
悠大「伊吹ちゃん?」
伊吹「彼を真剣に愛してたのよね。
  心から信じていた人から裏切られるって、
  ズタズタに引き裂かれたような激痛で息ができないくらい苦しくて、
  鴻美さん、さぞ辛かったでしょうね」


さっきまで余裕だった彼女の表情は、
私の想像を絶する言葉に一変、
目を大きく見開いて驚きの顔で直視する。  


鴻美「あ、あんた。突然何言ってるの!?
  訳わかんない!」
伊吹「それに、ご家族の問題も抱えてるんでしょ?
  お母さんのことも」
鴻美「えっ。な、何であんたがそんなこと知ってるのよ!」
伊吹「姫に聞いたの、さっき電話で。
  今のお父さん、鴻美さんの本当の父親じゃないんでしょ?
  お義父さんに気を遣ってるお母さんの姿をずっとみてきて、
  鴻美さん、家には居場所がなかったのよね」
鴻美「……」
伊吹「死んじゃいたいって思うくらい、やり場のない怒りや寂しさを、
  ニキさんのお兄さんには慰めてもらえてたのよね。
  だから余計に嘘をつかれたことが悔しかったんでしょ?
  本当に今まで大変だったのね」
鴻美「大変だった?
  よくもそんな知ったような口ぶりで……
  私のこと何も知らないのに、
  いきなり善人ぶって見え透いた嘘なんか言わないで!」


鴻美さんが大声で怒鳴った途端、
ユウさんは私の腕を掴み自分の後ろに引っ張った。
離れて話していたニキさんとナイトさんは驚き振り返る。


騎士「ユウ!どうした!?」
向琉「伊吹さん!?」


その時だった。
ずっと私たちの様子を伺っていたのか、
100円パーキングの精算機の前にいた、
20代前半くらいの厳つい顔の茶髪男が二人、
こちらに向かってゆっくり近づいてくる。
異常を感じたナイトさんは透かさず近寄る男に注意を向け、
ニキさんは私の許に駆け寄ったのだ。


茶髪男「鴻美!どうしたぁ。やっぱ揉めてるのか」
鴻美 「ケン、そうなの。助けて!」
向琉 「伊吹さん!そいつから離れろ!」
伊吹 「キャッ!」


私が視線をニキさんに向けた途端、
鴻美さんはユウさんの背後にいる私の手をぐっと掴み自分に引き寄せた。
突然掴まれバランスを崩したことで思わず叫び声をあげた私。
近づく男を咄嗟に危険と感じたユウさんは、
力づくで私のもう片方の腕を掴むと、
自分の体を鴻美さんと私の間に入れ、彼女の腕を振りほどいた。
そして駆け寄るニキさんに向けて私をつき飛ばし、
彼は勢いよく私を受け止め抱きしめる。


この切迫した事態に男二人は、鴻美さんの元へ慌てて駆け寄り、
ナイトさんとユウさんは同時に動きを止めようと走り出した。
彼らはほぼ同じタイミングで男たちを押し倒し、
一瞬にしてアスファルトに押さえつけて動きを封じたのだ。
男たちは地面に俯せたまま「痛い痛い」と騒いでいる。
その動きたるや刑事ドラマさながらで、あっという間の出来事だった。
茫然自失の私は暫くニキさんの腕の中にいたけれど、
ふと見ると、男たちの傍に不気味に光るポケットナイフが落ちていた。
私の目の前で大きな捕り物劇を繰り広げたナイトさんとユウさんが、
男たちを取り押さえたままの状態で、
荒々しい息遣いをしながら笑みを浮かべてる。


悠大「こいつら柔過ぎ!」
騎士「ユウ!どこでルーク・ホロウェイを身につけた?」
悠大「はぁはぁ。よーつべの護身術動画!
  もとい!埼玉であったサバイバル護身術講座90分8000円!」
騎士「なんでそんなとこ行ってんだよ!(笑)」
悠大「いざって時に、好きな女を守るためだ!バカ野郎!
  はぁはぁ。アダムも行った!」
向琉「悠大!バラすなよ!」
騎士「はぁ!?お前ら、そういうことは隠さず言えよな!」
悠大「本職にそんなこと言えるかよ!かっこ悪い!」
騎士「ユウ!ナイスディフェンスだった!(笑)」
悠大「Thank you!はぁはぁ。おい、アダム!
  いいから早く通報しろ。
  この体制しんどいんだぞ!」
向琉「ほいほい。今やってる」
伊吹「やっぱり……正真正銘のナイトだわ」


私は恐怖に震えながらも、勇敢なユウさんとナイトさんをみていた。
鴻美さんは口に両手を当てて呆然と立ち尽くしている。
ニキさんは私を抱きしめたまま、
片手でジーンズのポケットから携帯を取り出し110番通報したのだ。
そのうち、この騒ぎに気がついた通行人も集まってきて、
何人かの男性がナイトさんに協力してくれた。
通報から5分くらい時間を要しただろうか。
徐々にサイレンの音が近づき、間もなくして三人の警官が駆けつけた。
ニキさんは安堵のため息をつくと、やっと両手を緩め胸中の私を解放して、
ナイトさんとユウさんの許へ歩いて行く。


ナイトさんと話している警官をぼんやり見ていた私だったけれど、
頭の中でいろんな不安が一気に襲ってくる。
急に鴻美さんのこと気になった。
このまま、彼女も警察に連れて行かれるのだろうか。
そうなったら、姫のことも問い質されて大変になってしまうのではないか。
ここで私たちが鴻美さんを助けることで、
彼女は改心して以前の穏やかな女性になってくれるかもしれない。
そうすれば、みんな円満解決できるかも。
そう思ったと同時に、私は鴻美さんの腕を掴んでいた。
彼女はびっくりした顔で私を見ていたけれど、
今度は大声を出すことも逃げ出す素振りも見せず、
私を見たままじっとしている。
私たちの動きに気がついたニキさんは、心配そうに私達に近寄ってきた。


向琉「伊吹さん、また何かあった?」
伊吹「ねぇ、ニキさん。
  このままだったら鴻美さんも警察に連れて行かれるの?」
鴻美「は!?
  (何言ってるの!?この女!)」
向琉「えっ……そうだな。
  関わりあいがあるんだから、一緒に連れていかれるかもな」
伊吹「ナイトさんは何て言ってるの?鴻美さんのこと」
向琉「どうだろうな。わからない」


私は何故だかこのまま鴻美さんを連行させたくなくて、
縋りつくようにニキさんの両腕を掴んで訴えた。


伊吹「ニキさん、お願い!鴻美さんを助けてあげて!?」
向琉「えっ!?」
伊吹「もしかしたら、私たちが助けてあげたら、
  前のように素朴な女性に戻れるかも知れないでしょ?」


私の意外な言葉に驚愕し、目を丸くしているニキさんと、
同じように驚いた顔で私を見ている鴻美さん。


向琉「はぁーっ。それ、本気で言ってる?」
伊吹「ええ。姫のこともまだ終わったわけではないし。
  冬季也さんやさっき電話で姫から鴻美さんの話を聞いて、
  鴻美さんってそんな悪い人じゃないかもしれないって」
向琉「君は何言ってるの!
  さっき目の前で起きたこと見てただろ。
  良い人間がこんなことするか!?」
伊吹「だ、だって」
鴻美「ふふふっ(笑)
  あんたって本当にバカなのか、鈍感なのか。
  それとも、ただのお節介なのかしらね。
  私が良い人間な訳ないわよね?ねぇ、仁木。
  私はあんたの彼女、
  舞香をボロボロにして仲違いさせた張本人なんだから」
向琉「黙れ。それ以上何も言うな」
伊吹「えっ?ニキさんの彼女……って。
  (舞香さんって誰!?)」
鴻美「あら、知らなかったの?仁木、話してやったら?」
向琉「いいから黙ってろ」
鴻美「舞香っていうのはね」
向琉「黙れ!!」


二人は今にも殴り合うのではないかと感じるくらい、
火花を散らし無言で睨み合う。
感情的に取り乱したニキさんの姿にびっくりして言葉を失い、
初めて聞いた“舞香”という女性の存在に私の心は狼狽える。
ニキさんの怒鳴り声にその場に居た人たちは、
一斉に私たち三人に視線を浴びせた。
そんな私たちの許に、深刻な顔をしたナイトさんとユウさん、
そして、険しい表情の警官一人が近寄ってきたのだった。

(続く)
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