愛すれど…愛ゆえに…
27、許す勇気と謝る勇気

月日は多くものを塗り替えていく。
いろんなものを与え、いろんな出会いをもたらし、
たくさんのことを体験させ教えてくれる。
今までとは違った環境の中で心と身体両方の傷を癒し、
もう耐えられないと思っていた事までも緩和していく。
そして、大きく屈折した人の心までも別人のように穏やかにしてくれる。
時間(とき)は、神様が人間に与えてくれた唯一の特効薬。
この頭の深い場所にある中枢神経にじんわりと働きかけ、
私たちにいろんな行動の動機となるものを学習させる。
運動調節、ホルモン調節、快の感情、意欲などを起こさせて、
新らたな世界を見せてくれる。
それはとても神がかり的で、優れものの教師でもあり、
誰しも飛び越えられない一線を越える感情までも与えるんだ。


あれから6ヶ月が経つ。
神様が与えてくれた特効薬は、私はもちろんのこと、
姫や沙都ちゃん、ニキさんトリオにも新世界を教えたもうた。
姫とユウさんは同棲を始める。
ユウさんは相変わらずサバイバル護身術講座90分8000円を定期的に受講し、
姫までもユウさんの影響でルーク・ホロウェイを身につけた。
今ではジェイソン・ステイサム顔負けの軍オタカップルだ。


沙都ちゃんとナイトさんは有給をとって、ただ今スペインへ旅行中。
「婚前旅行にいくんだー!」なんて意気込んで、
彼女は通販でペアのセクシー下着を4セットも購入していた。
ナイトさんがあんなセクシーなメンズТバックインナーを身に着けるとは、
到底思えないし、まったく想像もつかない。
でも……沙都ちゃんLOVEだから、スペインでなら穿いちゃうかも。
これがニキさんなら絶対にない。


私とニキさんの新世界はこうだ。
ニキさんは恋人に昇格して、彼は私を「伊吹」と呼び、
彼の呼び方も「ニキさん」から「向琉(あたる)」に変わった。
それからなんと、ニキさんはお兄さんの翔琉(かける)さんと仲直りをした。
そのことについて彼は何も語らなかったけど、派手な兄弟喧嘩をしたようだ。
言わないのに何故わかったかって?
お兄さんに会いに行った翌日、
ニキさんの額と目の下に大きな絆創膏が貼ってあったから。


驚きなのは冬季也さん。
私たちが刺激を与えてしまったのか、
冬季也さんが希未(のぞみ)さんに連絡を取ったらしい。
元鞘には納まらなかったみたいだけど、
冬季也さんはズキズキと疼いていた“後悔”という傷から解放されたようだ。


洋佑は産休を終えた八重子先生が園に戻ってきたと同時に、
幼稚園から去っていった。
園長は残ってほしいと懇願したらしいけど、
洋佑からしたら当然の選択で、同じ思いは二度もしたくなかったのだろう。
彼は地元であり両親の住む鹿児島に、無言のまま帰っていった。



半年前には想像もできなかった世界が、今ここにある。


♪~♪~♪~♪~♪


伊吹「もしもし、向琉?」
向琉『お疲れ』
伊吹「お疲れ様」
向琉『今どこ?』
伊吹「ん?もうすぐ家に着くところ」
向琉『まだ帰りついてないの。
  今日は残業だった?帰り遅いね』
伊吹「ううん。
  今朝、自転車のタイヤがパンクしてて、
  久しぶりに歩きで出勤だったから今になったの」
向琉『パンク?買ったばかりの自転車だろ』  
伊吹「うん。そうなんだけどさ。
  帰ったらバタバタ支度して、
  お兄さん達との待ち合わせには遅れないようにするから」
向琉『いいよ、ゆっくりで。
  実は、僕ももうすぐ伊吹の家に着いちゃうんだけどな』
伊吹「えっ。だったら慌てて帰らなきゃね」
向琉『というか、もう僕の目には伊吹の後姿が見えてる』
伊吹「えーっ。あっ(笑)本当だ。見えた」
向琉『見つめ合いながら電話する気かい?(笑)切るよ』
伊吹「うん」


振り返ると、笑顔で近寄ってくるニキさんの姿。
もうすっかり落ち着いて、彼氏の貫禄が漂ってる。
そして私は……相変わらず意地悪なんだって。
でも自分ではしっかり者のニキさんの彼女って思ってる。


伊吹「もうそんな時間?」
向琉「いや、まだ時間じゃないけど待ちきれなくて」
伊吹「待ちきれないって?お兄さんと会うのが」
向琉「なんで兄貴なんだよ。
  違うよ。そこは伊吹と会うのが!だろ。
  ここまで言わすのか。
  相変わらず意地悪だな」
伊吹「だって、向琉の口から気持ちを聞くと嬉しいんだもの。
  だからちょっと意地悪して、愛されてるって実感したいの」
向琉「ふっ(微笑)まぁ、分かってて僕も言ってるんだけどね。
  あーあ。
  まだ半年なのに伊吹にコントロールされてるよな、僕」
伊吹「そうそう。
  今まで言わなかったんだけどさ、
  このバッグの中に向琉用のリモコン入ってるのよ」
向琉「僕はロボットかよ(笑)
  あーあ。
  伊吹をコントロールするリモコン、僕も欲しいな」
伊吹「もう。そんなのなくても、
  テレパシーでビビビッて分かるでしょ?」
向琉「そうだな。現に!
  はい。チャコの缶詰。
  もうストックなかっただろ」
伊吹「あーっ!ありがとー!さすが向琉。
  私も食事会の帰りに買おうと思ってたの」


私とニキさんは他愛のない恋人の会話を交わしながら、
互いに小さな幸せを噛みしめる。
私の自宅まであと一歩で到着するという時。
突然ニキさんの歩く足が止まった。
そして彼が私の腕をぎゅっと握りしめたことで、
私の動きまで止める。
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