ふたりだけのアクアリウム


フカフカのクッションを用意してくれて、そこに腰を下ろした私は、テーブルの上にふたつ並んだマグカップのうちひとつを手に取った。
向かいに座った沖田さんも残りのカップを取って、湯気が立ちのぼるコーヒーを口に運んでいた。


コポコポという、耳障りにはならない心地いい音は水槽から聞こえる。
不思議なことに、ちょっと落ち着く空間だということは感じた。


━━━━━と、いうか。
この状況、大丈夫なのかな。


もう時間は深夜帯に突入しつつある。
乗るはずだった地下鉄も、きっとそろそろ終電じゃなかろうか。

それで、男の人の部屋にノコノコと上がり込むって普通に考えたら危ない。危険そのもの。

会社でも関わりの薄かった沖田さんの部屋にいるなんて、今朝の私には想像出来なかったことだ。


私はいったい何をしてるんだろう。


襲われたっておかしくないこの状況で、ちゃっかりコーヒーをご馳走になって、しかも落ち着いちゃってる。
くつろぎの空間ってよく温泉のキャッチコピーなんかで聞くけど、それが当てはまるような部屋なのだ。


「ちゃんと話すの、初めてだね」


沖田さんに話しかけられて、妙にドキッとしてマグカップを両手で握り直す。


「あ……はい」

「意外と会社の外ではしゃべらないんだね」

「え?そんなことないですよ」


一応緊張してるんですが、と心の中で付け加える。


「じゃあしゃべりましょうか?」

「無理にとは言わないけど」

「水槽について聞きたい事は山ほどありますよ」


すると、沖田さんは目を細めて笑った。いいよ、って聞こえてきそうな顔で。


この人の笑い方、会社ではあまり意識したことがなかったけど素敵だな。
単純に思った。

人の警戒心を解くような、おおらかで淀みのない澄んだ空気感。
それなのに営業成績があまりよろしくないのはどうしてなのかな。


どちらかというと暗いイメージがあった彼だけど、案外違うのかも。
会社の中と外の顔。


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