ふたりだけのアクアリウム
バイクなんて見るからに初期費用がかかる趣味である。
その前に免許だって必要なわけだし、それなりに体力も技術も無いといけない。
運動神経があまり良くない私には絶対向いていないもののひとつだと言える。
「もっと静かに、ゆっくり部屋で寛ぎながら出来る趣味がいいの。コーヒーとか飲みながら」
「なんかもう見つかってるような口ぶりじゃん。始めてないだけじゃないの?」
ちょっと呆れ顔で山口がじっと私の顔を見つめてくる。
う、やっぱりバレるよね。そうだよね。
思いっきり具体的にインドアっぽいこと言っちゃったもんね。
「水草水槽……作ってみたいなぁと思って」
ぼそぼそ、と話す。
別に水草水槽を趣味にするのは恥ずかしいことではない。
でも、なんとなく沖田さんちにお邪魔したあの日、ふたりで静かに顔を寄せ合って水槽を眺めた時のことを思い出して、少しだけ気恥ずかしくなっただけ。
しかしながら、そんな私の事情など山口は知らない。
訝しげに眉を寄せて、「は?」と聞き返してきた。
「水草?なにそれ、水槽に入れて育てんの?」
「うん。熱帯魚も飼ったりできるんだよ」
「うっわぁ〜!超退屈そう。お前にそんなの似合わないって!」
小馬鹿にしたようにアハハと大声で笑い、彼はバッサリと水草水槽を切り捨てた。
「だって面倒くさくない?水槽の掃除とか餌やりとか、地味すぎて耐えられないわ。晴れた日にバイク乗ると気持ちいいよ?絶対アウトドアの方がいいって!」
山口に言ったのが間違いだった。
デリカシーのカケラも無い男だというのを忘れていた。
ムッとしたけど、反論しても無駄だと気づいて口を閉じる。
私の様子を知ってか知らずか、山口はまだ笑っている。
ズズッとストローでオレンジジュースを汚い音を立てて吸った後、そうか、と納得していた。
「なるほど、誰かの影響?……あ、もしかして茅子さんが言ってた、佐伯の『いい人』ってやつが趣味にしてるとか?」
「違う」
「やめとけやめとけ。そんな退屈な趣味持ってるやつなんてロクな男じゃねーって。暗〜くて地味〜でジメジメして、家とかにキノコ生えてそう」
「だから違うってば!」
思わず声を上げてしまって、ハッと我に返って口を手で覆う。
山口はそんな私を珍しそうに目を見開いて、驚いたような顔をした。