ふたりだけのアクアリウム
フワフワとした高揚感を感じながらおもむろにドアを開けて、再び私は硬直した。
ただし、今度は違う意味で。
「久しぶり、逸美」
もう何ヶ月も聞くことのなかった、名前を呼ぶ声。
しっかりセットされた髪の毛も、自信に溢れた目も、形のいい唇も、あの当時は全部が魅力的だと思っていた。
高級ブランドの腕時計は相変わらず左腕にしっかり身につけられていて、そしてやっぱり薬指には指輪は無かった。
「逸美、ちょっと匿ってくれないか」
ものすごく久しぶりに会ったっていうのに、彼の目的はそれだった。
私の元彼の、岸谷ヒロ。
大学生の時にIT関連の会社を起業して成功した、つまりは社長という立場の人だ。
歳も嘘をつかれていなければ私よりも8歳ほど上のはず。
全くと言っていいほど、私とは身の丈が合っていない人。
それは変わらずらしい。
「ちょっと……何しに来たの?匿うって誰から?」
「そんなん言わなくても分かるだろ?あの鬼嫁だよ〜」
うんざりしたように肩を落としながら、我が物顔で当然のように部屋に押し入ろうとする。
「あいつ、俺がちょっと出かけるって言うとすぐに浮気を疑ってさ、癒しを求めに来たってわけ。何もしないって約束するから今晩だけ泊めてくれない?」
「無理」
「なんで」
「他にいくらでもアテはあるでしょ!?」
「もう使い果たしたよ〜」
はぁ、とため息をつく彼を見て言葉も返せなかった。
なんで私はこの人のことを好きだと思っていたんだろうと。