ふたりだけのアクアリウム


ヒロは大人しく帰っていった。
強引に入り込んで「いいから泊めろよ!」と言ってくるかと思ったけど、それはしなかった。

私も感じたけど、沖田さんの穏やかな中にある無言の圧力をヒロも感じたのだと思う。

怒りの、圧力。



リビングに戻り、ペタリと水槽の前に座り込んだ。
沖田さんは私の隣には座らず、テーブルの脇に腰を下ろす。

さっきまで詰まっていたはずの、この微妙な距離感が切ない。


「あの人は、元彼です」

「…………そうだろうね」

「それでいて……既婚者です」

「…………そうだろうね」

「付き合ってた時は知らなかったんです、結婚してること」

「…………そっか」


きっと、今ので全てを悟っただろう。
私の過去の恋愛がどんなだったかを。

バカな女って思われたかな。


ヒロとは大学時代の友達に無理やり誘われた合コンで出会った。
かなり強めにアプローチされて、引くに引けなくて、いつの間にか好きになっていて。

華やかで格好よく、いわゆる「イケメン」の人と付き合うのは初めてだったので、私なりに頑張ったけれど。

やっぱり住む世界が違った。

だって相手は社長さん。
幾人ものいい女から言い寄られてきた人が、私なんかを本気で相手するわけがなくて。

きっと遊べる女の1人だったんだと思う。


いつも夕方から夜にかけてやって来て、ご飯を食べて少し寝て帰る。
私は「好きなときにやらせてくれる都合のいい女」だったに違いない。


ある日、極上の美女がこのアパートにやって来て、私と一緒にいるヒロを平手打ちした。
その美女というのが奥さんだ。

彼女はシュンとする彼を引っ張り、私を見下ろして


「所詮恋人ごっこでしょ、不倫女」


と言い捨てていなくなったのだ。

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