イジワル御曹司のギャップに参ってます!
「家に帰って着替えてこなくちゃ」

「そんな時間はないよ。昨日の服、乾いてるんだからそれでいいでしょう」

「でも、昨日と同じ服着て出社するわけには」

「そんな人、いくらでもいるじゃない。いい年なんだから、みんな察してくれるよ」

「勝手に察して欲しくないから言ってるんだけど」

特に市ヶ谷くんは、まだまだ血気盛んな若者だ。
知られたら大騒ぎしそう……。
一晩、一緒にいた相手が氷川だと知ったら、彼はどう思うだろう。
氷川嫌いの彼のことだ、きっとものすごく嫌な顔をするに違いない。

「これから、急いで帰って……」

「落ち着きなって」

部屋を飛び出そうとした私の肩を、氷川が抑えた。

「遅刻するつもり? 今日朝一で会議なんだけど。昨日のプレゼンの結果報告」

「あ……」

「諦めて。ほら。コーヒー飲んで落ち着いて」

氷川は私をソファの上に座らせると、自分もその横につき、湯気の立つ淹れたてのコーヒーを啜った。

「……コーヒー、嫌い?」

「……いえ……いただきます」

カップを顔に近づけただけで、苦みと酸味の入り混じった芳醇な香りが鼻から抜ける。
唇をつけると、深いコクの中にもすっきりとした爽やかさがあって、少しだけ薄めに作られたそれは、目覚めに最適な一杯だと思った。
昨晩の彼との出来事にまだ心を整理しきれていなかった私の目を覚ますのにぴったりな味だ。

思えば、男性が苦手である私が誰かと一緒に朝ご飯なんて、ましてや男性にコーヒーを淹れてもらう日が訪れるなんて、想像していなかった。

「……美味しい」

「それはよかった」

彼が柔らかく微笑んでくれて、こんな朝も悪くないと思った。
< 51 / 227 >

この作品をシェア

pagetop