ぼくは神様
僕の部下はウサギ150匹
ぼくは神様だ。厳密に言うと次期神様。現在の神様はぼくのパパで、ニンゲン年齢で言うところの働き盛りの四十歳。ちなみにその見方で言うとぼくは十歳。神様見習い三年目のニンゲン課GT係の係長(えっへん)。
「神様の息子」ってだけでこのポストに就いた当初は風当たりも相当きつかったけど、三年目の今じゃ立派な上司だ!(たぶん)。
部下は一五〇名。種別はニンゲン界で言うところの“ウサギ”。ニンゲン課GT係の係長補佐はマー君(五十五歳)。なかなか頭の切れるオスだ。
「係長、№156―2286978の山田に関してですが、LSは24と短く、計算上最終GTは四週間ですが、どのようなGTにしますか?案としては、BT中の刑務所から出所後八十二歩行ったところで五メートル前方を歩いている女がハンカチを落とし、№156―2286978山田がそれを拾って恋に落ち、即成就、死の間際までGTが続く、というものがありますが」
「古臭いだろ、それ。まずもうそれ冤罪ってことにしよ。あと、服役中に会いに来る幼なじみがいただろ、その子のGTとBT計算し直して、間に合うようだったらくっつけて刑務所に迎えに行かせる。帰り道に宝くじを拾わせて偶然見たテレビで当選確認後に即結婚、でLS終了」
「わかりました。その方向で検討してみます」
 マー君は鼻をヒクヒクさせながら、ない首を無理矢理下げた。そしてちらりとぼくを見、白い前歯を突き出すようにして言った。
「それと係長、例の有給休暇、明日からなのでよろしくお願いします」
「ああそうだったな。楽しんでこいよ。それから、ケイタイの電源は必ず入れておくように」
「了解しました。では、書類はあちらにまとめておきますので・・・」
 小さな丸いしっぽをふさふさと振りながら、マー君は席に戻って行った。
またこの時期が来たか・・・。この部署特有なのが、部下がタンポポの咲く季節になると有給休暇をとって“タンポポ行脚”に出かけてしまうことだ。だからニンゲンの季節でいう三月から四月にかけては、このアニマル部ニンゲン課GT係はぼく一人になってしまう。
一年目はまいったよ。パパがぼくをこの部署に送り込んだ意味を痛感したもんだ。一気に一五〇名がいなくなるのは痛いけど、部下はそれが楽しみで仕事しているようなものだし、我慢我慢。面倒な仕事はほとんど片付けていくのが慣習だから、よしとするしかない。
 言い忘れたけど、「BT」は「Bat Term」、つまりニンゲン生活における「悪い時期」、例えば近親者の死や犯罪に巻き込まれる、大病にかかることなど。「GT」は「Good Term」で「良い時期」の略。望んだ結婚や子供の成功、出世など。「LS」は「Life Span」、寿命である。
BTとGTは同じ部署内に置かれているが、「アニマル部」に属する「ニンゲン課」だけは特別にBT係とGT係に別れている。LS決定後、まずBTの量が、そしてGTの量が決められる。つまりLSの長短に関わらずBTの量が付加され、BTとGTのミックス期間が加わり、その残りがGTとなる。もちろんBTよりGTが多い人間もいるし、中にはどちらかが付加されない場合もあるが、これは特別な例だ。
BTもGTも量、内容とともにさまざまで、GT係ではBT係から回された書類を見て、GTの期間と内容を検討する。そして最終的にぼくが承認印を押してもう一度アニマル課に書類を戻す。
LSの長さとBTの内容に見合ったGTを慣例に倣いつつ決定していくのは、知識と経験がものを言う。
マー君はプランツ部種子植物課ドクダミ係からキャリアをスタートさせた苦労組だ。だから親のコネでぼくがこの部署に入ってきた(ぼくだって好き好んで来たんじゃないけどさ)当初はなかなかイカしたイヤガラセをしてくれたものだ。例えば、ニンゲン界から取り寄せたぼくの愛用の正露丸のビンの中に、あのコロコロしたフンを入れてくれちゃったり。毎日少しずつぼくのマイデスクの足をかじって、半年かけて傾かせてくれちゃったり。会議中もずっとボリンボリンにんじん食べてたりね(今思うとちょっとせつないな)。まあ気にしてはいなかったけど、ぼくもその点ではお返しをたっぷりさせてもらったしね。
マー君のふっさふっさなしっぽを見ていたら、いろんなことを思い出してしまったよ。あのしっぽがショッキンググリーンに染まった日もあったっけな・・・。
仕事を早めに切り上げた部下たちを見送って、ぼくも帰路についた。帰路とは言っても、今神界で話題騒然の雲コースターで一駅だけど。ちなみに雲コースターに乗らないほうが実は早いけど。だってあの感触を一度味わうと癖になるんだもの。

「明日からGT係は君一人になるね」
「今年も大丈夫だよ、パパ」
「今年は(・)、だろう?一年目はひどかったなあ。案件を処理しきれなくてマー君たちを強制帰還させちゃってさぁ。覚えてるか?危うくストライキになるところだった」
 パパと二人の夕食の席。空腹感というものが存在しない神界でも、一応夕食はある。朝食はない。昼食とおやつは各自自由。内容は(ぼくとパパの場合はニンゲン式に)、ご飯、味噌汁、肉もしくは魚の焼いたやつにサラダ。時々季節のフルーツ。
「あの時は仕方なかったんだよ。慣れていなかったしさ」
「よく確認してからやるんだぞ。一つズレるだけで取り返しのつかないことになる」
「わかってる。もう三年目だよ」
「そうか、じゃあ今年も期待しているよ」
 パパは神様っぽく威嚴に満ち溢れたウィンクをぼくに飛ばしてきた。パパは超多忙な毎日なのに、夕食は必ず一緒に食べてくれる。それにパパは基本的に無表情だけど、ぼくといる時だけは変な顔をしたり、大きな口を開けて笑う。それを見るとぼくは安心する。ぼくだけのパパ、って気がするから。
 ママは・・・いない。でも、以前はいた。その事実以外は何も知らない。知っちゃいけない決まりなんだって。ベッドサイドに置いてあるフォトフレームの中のママは、いつも笑っているから、ぼくはそれで十分なんだ。

 朝、タンポポ月間であることをすっかり忘れて出勤した。もしやボイコット・・・が頭に浮かんで一人プチパニック。でもホワイトボードに「行ってきます。部下一同♥」の文字が見えてプチパニック解消。
 誰もいない仕事場は広すぎて眩しすぎて(神界は基本的に白しか産出し得ない。交じり合う色、という要素が存在しないためだ)、毎年のことながら少し、途方にくれる。デスクの上にペンを置いただけで音が響いてびっくりした。一五〇名が始終動き回っていた床も、今日は一粒二粒のフンと、にんじんの葉の食べ残しが落ちているだけ。髪の毛に白や茶の毛がつくことも、鼻をフガフガ鳴らす音もない。
 とりあえずイスに座り、まとめられた書類に目を通す。識別番号、LS、十年ごとの写真、周囲の人間との相関図、BTの回数と量と内容。そしてGTの空欄。クリップ止めされた別の書類には、部下が計算したGTの回数と量、その内容案がびっしりと書かれている。これから生まれ落ちる人間の一生は、この紙一枚の中にまだ未定稿のまま取り残されている。
 ぼくはあくびを抑え、GTの試案に目を通し、不自然な箇所を訂正し、印を押す。くり返しくり返し、静まり返った空間の中でページをめくり、ペンを走らせた。
 昼休憩を知らせるチャイムが鳴り、仕事を中断してニンゲンでいうところのキッチンへ入る。カップヌードルを作り、コーラと一緒に流し込む。
昼休憩は一番にぎやかな時間だった。水を飲む音、ぼくにはわからないウサギ語で話す声、葉っぱを食べる咀嚼音。そして年若い部下はマイデスクの上に乗って、ぼくにいろんなことを話しかけて、でもいつの間にか居眠りしちゃってるんだ。昨日のことなのに、何だかずっと前のことみたいだ。まあ話すっていってもあそこにおいしい草が生えてるとか、最近便のキレが悪くて尻の毛が汚れるだとか、ぼくにはよくわからないことだって多いけど、聞いているだけで楽しかったな。楽しかった、なんていうともうないみたいに思えるな・・・。結構ぼくもこの部署が気に入っているんだ。これから二ヶ月この調子で、大丈夫なのか?去年もこんなに寂しかったっけ?
ぼくが思案にくれていると、一匹のハチドリが飛んできた。たくさんある部署間の連絡係兼荷物の運び屋で、かなりの力持ち。BT係からの書類も全て運んできてくれる。いつもは二匹対になってくるのに、今日は一匹だ。しかも、オーロラヴィジョンを口にくわえている。オーロラヴィジョンは、ニンゲン界でいうところのスクリーン型テレビ(電話機能もアリ)。
ハチドリはぼくに緊急の用でBTから派遣されてきたことを告げ、空中で大判のスカーフサイズのヴィジョンを開いた。すぐにBTの係長フンコロガシの富田さんが映り、早口でまくしたてた。
要約すると、現在二十六歳男性№096―2452671高山融のサードGTとセカンドBTが逆転してしまっている、足りないタームは一週間でGTである、これはGTの前係長のミスである可能性が高い、ということだった。足りないタームがBTならば修正は容易だが、GTで足りないとなると修正が効かず、最終的にLSを削ることになってしまう。
何とかします、とヴィジョンに録音し、ハチドリに持たせた。マー君なら前係長の代からいたはず、と急いで携帯電話にかけたのに、電源切れてる・・・。だから切るなって言ったのにー。一年目のこと、まだ根に持ってんだな。ぼくは頭をかきむしりながらどうすべきかを考えた。
部下は今頃タンポポに夢中で仕事のことなんか頭にないだろうし、もう書類上でどうこうできる段階ではない。前任者トドの坂田さんは定年退職して、確か何とかっていう大きな木に生まれ変わったって聞いた。管理局に知られれば余計面倒なことになるだろう。ああもうかくなる上は、ぼくが直接ニンゲン界へ行って無理やりBTをGTにしてしまうより他にない。
立ち上がって自分のロッカーに行き、下界へ行く準備を始めた。下界へ下りるのは初めてだけど、この役職に就く前に半年間もニンゲン研修を受けているから、大体のことはわかってる。昔と違って今は神界にもニンゲン界の生活用品が出回ってるから使い方もわかる。
まずランドセルと呼ばれる黒い皮でできた荷物入れに№096―2452671の調書とニンゲン辞典(最新版)とニンゲンマニュアルを入れ、洋服を着、異様に黄色い帽子をかぶり、スニーカーと呼ばれる(老人はズックと言うらしい)、布を紐で縛ったものを足につける。どうして人間はこんなにも色々と体に付属品をつけるのか。重いし動きにくい。それに足の指が動かせないのは非常に不快だ。イヤしかし・・・仕方ないのだ。この格好がぼくの年齢の男子の「標準」らしいのだから(ニンゲンマニュアル第二章「年齢に合わせた服装のあれこれ」第三節「小学五年生編」参照)。
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