『ココロ彩る恋』を貴方と……
「サイテー!バカッ!!」


ビール缶が入ったビニールごと投げつけて部屋の中から飛び出した。
このまま森元さんの所へ駆け込んで、この契約は切らして欲しいと頼もう。


バタバタと足音を立てながら勝手口の扉の前まで来た。
シルバーのドアノブに手をかけたところで、(でも……)と考え直す。


(所長に言ったら、この人って通報とかされるんじゃないの?)


有名な版画家なのに、例えば事情聴取とかされてもいい?
新聞にも記事が載るほどの人なのに、名誉が不名誉になってしまうんじゃない?


(待って紫音。落ち着こうよ)


自分で自分に声をかける。
相手は単純に酔っ払って寝惚けただけ。
近くにいた私を恋人だと勘違いして、擦り寄ってきただけなんだってば。


「だから、それが悔しんじゃない……」


声を漏らしてハッとする。
私はキスされたことよりも、違う人の名前を呼ばれたことがショックだったと気づいた。


「さやか」と呼ばれて我に返った。
それまではビックリしたけど、別に嫌だとは思わなかった気がする。


(私………)


ドクドクと脈打つ心臓の上に握った拳を重ねる。
今直ぐここを出て行って、所長に助けを求めようとしたけれど……



(ダメ。出て行きたくない……)



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